こんな関係はだめだって分かってた。そろそろ潮時なんだ。

始まりはいわゆる酔った勢いってやつだった。みんなで飲んでて、酔った私をボスが部屋にお持ち帰り・・・したらしいんだけど、もちろんそんな記憶は全く無くて、目が覚めたらボスと一緒にベッドの中にいた。ボスが酔うはずないから勢いっていうのは違うかも知れないんだけど、そうじゃないとボスの行動の意味が分からないからそういうことにしておく。

で、それからボスは度々私を部屋に、執務室じゃなくて私室に呼び付けるようになった。やることなんていつも同じ。部屋に入るなりベッドに放り投げられる。それがだいたい週1回くらいのペースで半年ほど続いてる。ボスも私も隠すことはしなかったから、みんな何も言わないけど薄々気付いているみたい。一度だけルッスーリアに大丈夫なの?って聞かれて、大丈夫だって答えたけど、ほんとは全然大丈夫なんかじゃない。こんな関係嫌だってずっと思ってる。それでも一度も拒めずにいるのは、もうどうしようもなくボスが好きだから。

普段の態度は何も変わらない。行為の最中に愛を囁くこともなければ、名前を呼んでくれるわけでもない。だから私も意地でも呼ぶまいと歯を食い縛ってみたら死ぬんじゃないかってくらい攻め立てられて、その日以来、私だけがみっともなくボスを呼ぶはめになった。まるで私ばかりがボスを求めてるみたいに。

嫌だ、って、言おうとしたこともある。でも言えなかった。体をなぞる指先も、唇も、快楽に歪む表情も、私だけが知ってるボスが誰かのものになるなんて耐えられない。そうなるくらいなら、例え愛されてなくても、都合のいい玩具でしかなくても、少しでも触れられていたかった。

「見合いの話がきた」

その声に重い瞼を持ち上げた。ベッドに腰を下ろした、傷跡の残る背中が見える。

「見合い・・・?」

言われた言葉の意味がすぐに理解できなくて、聞こえたとおりに復唱してみた。みあい、見合い、・・・そっか、そうだよね、ボスって御曹司サマだもんね。いずれそうやってどこかのお嬢様と結婚する人。とうとう私の捨てられる日が来た、と。

ボスは黙ったまま振り返ろうともしない。肩が少し揺れて、ふわりと紫煙が立ち上った。ボスが煙草を吸うのなんてここでしか見られないからかなり優越感を得られる瞬間だったんだけど、今は涙が出そうになる。だってもう見納めなんだよ。最後なら最後って、あらかじめ言っといて欲しいよね。

「・・・おめでとうございます」

部下として、上司の縁談を祝うのは当然のこと。一番言いたくない言葉を喉の奥から必死で絞り出したら、ボスは眉間に皺を寄せて振り返った。

「・・・本気で言ってんのか」

怒ってる、ってすぐに分かった。どうして?気が進まないの?でもこういう話って本人達の意思に関わらず順調に進むものでしょう?だったら私はおめでとうとしか言えない。断ってほしいだなんて、言える立場じゃない。

「本気かと聞いてんだ」

答えない私に、ボスは苛立ちをあらわにして体ごとこちらへ向けた。ベッドの上へ上がってきたと思ったら、横になっていた肩をぐいと押されて仰向けに押さえつけられる。容赦なく体重を掛けられる痛みに顔を歪めて見上げたら、ボスはもっと険しい顔をしていた。絶対私の方が痛いはずなのに。

「てめぇ、どういうつもりで俺に抱かれてた?」

それはむしろ私が聞きたい。ねぇボス、どういうつもりで私を抱いてたの?・・・ううん、聞くまでもない。ボスは私を選んだわけじゃない。ただ手元にあった手頃な玩具、それだけのこと。そしてボスは。

「暇つぶし・・・じゃないんですか?」

よくこんな言葉を泣きもせずに言えたと思う。口に出したらちょっと目の奥が熱くなったけど、ここで涙なんて流したくない。ぐっとこらえてボスの鋭い眼光に耐えていたら、ふと、その鋭さが和らいだ。しばし見つめられたと思ったら、ぶはっ、といつもの笑い。

─────・・・笑い?

「そこまでバカだとは思わなかったぜ」

急にがらりと雰囲気の変わったボスは肩に置いていた手を顔の両脇に移してくれた。

「早とちりもいいところだな。・・・見合いの話がきた、だが断った。バカでも話はそこまで聞け」

・・・なんだろう、急に体が楽になった。そっか、ボスが結婚しないって分かったから。でも、そんなこと許されるの?気に入らなかったとか?そんなこと言ってたらボス、一生結婚なんてできない・・・。

「断った・・・?」

「あぁ。ジジイは何故だと聞いてきた。何と答えたか知りてぇか?」

く、と首を傾けてボスは楽しげに問いかけてくる。頷くと、ますます笑みが深くなった。

「女は二人も要らねぇ、ってな」

ふたりも?え、じゃあとっくに決めた人がいたってこと?・・・それならどうして私と?

「・・・てめぇまだ分かんねぇのか」

また言葉に苛立ちが見えた。けど、さっきよりは随分穏やかだ。未だ状況が飲み込めていない私にボスはどうやら呆れたらしかった。片手を浮かせて、それでびっと耳たぶを引っ張られた。

「痛ぁっ」

「一度しか言わねぇ。よく聞け」

「っ!」

ボスの口が耳に寄せられて、吐息を感じる距離で囁かれた声に私は思わず息を呑んだ。それがボスにも伝わったのだろう、にぃっと口元がつりあがる。

「俺にはてめぇがいるだろーが」

信じられなくて、そのあと私は何度も意味を問い直したけど、ボスはそのままの意味だとしか答えてくれなくて。それでもしつこく迫ったら、、と名前を呼ばれて、今までに無いくらい優しいキスが落ちてきた。

Winding Road

(2007.12.10) そしてジジイは息子の恋人に会いたがっています。