7年ぶりに来たそこは当時と変わらない姿を保っていた。手入れが行き届き、色鮮やかな花が飾られている。
行きたい。突然そう言いだしたザンザスをスクアーロは喜んで車に乗せてきた。早く行ってやれと急かすようにザンザスを降ろして、今は車を置きに行っている。
7年ぶりでも墓の位置は正確に覚えていた。むしろ忘れることができなかった。今でもあの時の記憶は鮮明に蘇る。木陰の下、地中へと納められる棺。そして今日と同じ、雲一つない青空。
「・・・・・・・・・」
そうやっていくら呼び掛けても返事がないことを認めるのにどれだけかかっただろう。頭では理解しているのに納得できなかった。失って初めて分かる大切さ、そんなものは物語の世界の話だと思っていたのに。
お前は知らなかっただろう。俺がどれほどお前を必要としていたか。どれほど、お前を愛していたか。
それが結論だった。大切なものを失ったことを認める、ただそれだけのことに随分長い時間をかけてしまったと思う。・・・けれど、この日までに整理がついて良かった。
「・・・待たせたな」
呟いたその体は、一瞬にして白煙に覆われた。
妙な浮遊感のあと、木の葉を揺らす風の音を聞いた。室内とは対照的な明るさに目が眩む。目を細めながら辺りを伺うと、晴れ渡る青空の下、木々に囲まれた場所にザンザスは一人で立っていた。辺りには装飾の施された石が点在している。
(・・・墓地、か?)
自分一人で来るには全く縁のない場所だと思った。自分が墓参りをするなどとても考えられない。なら、何故ここに?ザンザスは足元の墓石に視線を落とした。
(─────!)
それが誰の墓かを理解すると同時に全身をひやりとした感覚が襲った。人の死などありふれたものだというのに、こんなのは初めてだ。だがその理由を考える余裕もなく、刻まれた文字の全てを目で追っていた。添えられた日付は3年後───この時代から言えば7年前のものだ。
「─────ザンザス?」
「!」
不意に背後から聞こえたのは、呼び掛けたというよりは思わず口から出てしまったというような声だった。振り返ると、ダークスーツを纏った銀髪の男が、短い髪を揺らしながら足早に近づいてきた。
「う゛お゛ぉい、懐かしーじゃねーかぁ!」
男───10年後のスクアーロは、何も変わっていないように見えた。髪が短くなっていると言っても昔はそれくらいだったし、大股で歩いてくる姿も見慣れたものだ。あっという間に傍まで来たスクアーロに、やはり近づいてみると少し違うなと感じながら、ザンザスは条件反射のように拳を繰り出していた。銀髪が揺れる。殴られたスクアーロは黙って口元を拭った。
「何があった」
「・・・・・・・・・すまねぇ」
「んなこと聞いてねぇ。時間は限られてんだ」
「・・・そうだな」
睨み付ければ苦笑が漏れる。それがまるで子供扱いされているようで、相手が10年後の人間とは分かっていても、ザンザスは眉間の皺を深くした。
「7年前の今日だぁ。ボンゴレが奇襲を受けてなぁ・・・・・・・・・」
語るスクアーロは次第に苦しそうに眉根を寄せた。何から話そうか考えているのだろうか、左右に視線が揺れ、やがて下に落ちる。
「あいつの最期は誰も知らねーんだ。発見されたときには、もう・・・」
「・・・敵は」
「あんたが、・・・いや、ボスが焼き尽くした。ボンゴレの援護なんか適当でいいっつってたくせに、・・・あいつのこと聞いて、キレちまってなぁ」
「・・・・・・・・・」
随分と弱々しい顔をするようになったな、とは思ったが口にはしなかった。この男を変えたのは10年の月日か、それとも。スクアーロは再び苦笑を見せたが、一度表に現れた弱々しさは消えなかった。
「それからのボスはそりゃあひどかったんだぜぇ?初めの数日なんか、本気で呼んでこいとか言うしよぉ」
「言わねぇよ」
「言ったんだよ。耳疑ったぜぇ。しかも聞き直したらあいつ、何も言ってねぇっつーんだ。・・・レヴィ泣いてたぜ」
「・・・・・・・・・フン」
ザンザスはふいと目を逸らした。そんな話信じられるかと思うが、スクアーロがこの状況で冗談を言うような男でないことは知っている。
す、と前に進み出たスクアーロは墓前にしゃがんだ。
「それからボスはの名を口にしなくなった。ここへ来てぇって言いだしたのもこれが初めてなんだぜぇ。・・・覚えてたんだなぁ、今日が入れ替わる日だって」
懐かしむような口調はその日のことを思い出しているのだろうか。そこでザンザスはふと気が付いた。10年後の自分もこの未来を見たはずだ。それでもなお、死なせたというのか?を失った自分の様子以上に、そのことが信じられない。
「・・・見たんじゃねぇのか」
その一言でスクアーロは十分言いたいことを理解したようだ。いくぶん和らいだ表情がザンザスを見上げた。
「見たぜ。あんたとは違う未来をなぁ」
「違う、だと?」
「気ぃつけろよぉ。未来は知らねぇ間に変わっちまうらしいからなぁ」
再びスクアーロは墓に向き直った。
「・・・あの日、戻ってきたボスさんはすげぇ複雑な顔しててよぉ。気になって問い詰めたら笑っちまったぜぇ。なんせ・・・」
「─────ッ!」
突如現れた白煙。はっとスクアーロが顔を向けるが、煙の間から見えたのは紫の花だった。
「・・・会えたかぁ?」
まず感じたのは、もう10年以上も自分の傍に仕えている男の気配。やけに低い位置から聞こえた声に下を見れば、煙が晴れていくにつれ、スクアーロが見上げてくるのが見えた。
「あぁ・・・」
スクアーロの前には冷たい石。つい先程まで腕の中にいた温もりの、この世界での姿。ザンザスはスクアーロの隣に同じように座り、花を墓前に供えた。
「てめぇこそ、伝えたんだろうな?」
「あぁ゛・・・・・・・・・いや、一つ言い忘れちまったなぁ」
「何を」
「あんたが見た未来を」
「・・・」
思い出すのは10年前に見た未来の光景だ。何も変わらなければ、今、迎えていたはずの”今日”だ。
「そんなことか」
当時はあんな未来くそくらえと思ったが、今はそれすら欲してしまう。この世界でそれはもう叶わないが、過去ならまだ間に合う。彼女を失いさえしなければ、同じではなくとも、自分が見たものに近い未来は必然のように思えた。
だから、言わなくたって、いずれ迎えることができるだろう。・・・自分のように、甘い未来に油断などしなければ。
目を閉じる。脳裏に浮かぶ女と子供の笑顔を知るのは、この世界にはザンザスしかいない。