数年ぶりに帰国した日本はまるで別世界のようだった。あまりにも平和なのだ。顔を見るなり周りを取り囲んだ懐かしい友人たちと数時間過ごすうち、はすっかり普通の新成人となっていた。
だから、まさかあの人がここにいるなんて、夢にも思わない。
そう、今日は成人式だった。休暇を貰って実家に帰り、母が用意してくれた振袖を着て。そして今、式が終わったばかりである。
ぞろぞろと会場を後にする人々は途中で立ち止まって雑談に花を咲かせたり、これから飲みに行こうなどと相談している。その波に乗っても友人たちと一緒に外に出た。
「これから飲みに行かない?」
「いいね!も行こうよ、イタリアの話聞きたい!」
「そんな大した話は無いよー?」
実際は大した話ばかりなのだが、まさか「暗殺部隊の幹部やってるよ!」なんて喋るわけにもいかない。それでも久々に会った友人たちと話がしたくて、は誘いに乗ろうとした。その時だ。
「あ、ねぇ、見て見てあの人!」
友人の一人が言う。その視線の先を辿って、見つけた人物には言葉を失った。
(・・・ゆ、夢?)
「日本人じゃないよね?」
「羽付いてるよ羽!」
「でもかなり格好良くない!?」
の様子には気付かず、一気に盛り上がる友人たち。
少し離れた道路に黒のセダンが停められ、そこに一人の男が背を預けるようにして立っていた。襟足には羽やファーが揺れ、丈の長いコートは長身に良く似合っている。確かに男は格好良い。しかしには一緒に盛り上がることができなかった。男に見覚えがありすぎるのだ。
(誰か人違いだと言って・・・!!)
そうは思ってもあんな容姿の男はそう何人もいるものではない。男はと目が合うと、車体に預けていた体をゆっくりと起こし、歩き出した。残念ながら御本人である。
「ちょっと、こっち来るよ!」
(来ないでぇぇぇっ!)
さらに盛り上がる友人たち。も違う意味で熱くなってきた。
男は人々の間を巧くすり抜けて歩いて来る。周りの振袖が派手なため鮮やかな羽はそれほど目立たないが、それでも男を見た者は一様に姿を目で追っている。しかし男は集まる視線には一向に構う様子を見せず、ただに向かって歩いてきた。
『よぉ、新成人』
『何しに来たんですか・・・』
つい先程まで騒がれていた男が目の前で人の悪い笑みを浮かべている。こんな顔が悔しいほど似合ってしまうのはザンザスしかいない。友人たちの信じられないといった視線が突き刺さる。まさかここでイタリア語を話すことになるとは予想外だ。
『見に来てやったぜ』
『頼んだ覚えはありませんが』
『暇つぶしだ』
(暇つぶしだったらスクアーロいびりでもしててくれればいいのに・・・)
普段スクアーロを見ていると気の毒にさえ思えてくるが、こんな時は積極的に犠牲になって頂きたいものだ。今ここにいないのが非常に残念である。
そこへ、つんつん、と肩をつつく感触。もちろん状況が飲み込めていない友人たちである。軽く振り返ると、耳元に口を寄せられた。「知り合い!?」
「あぁ、うん、・・・上司」
「上司ぃ!?なんでこんなとこに来てんのよ!」
(それはこっちが聞きたい・・・)
ザンザスは余裕の笑みを浮かべてこちらの様子を見ている。日本語の通じる彼には会話は筒抜けなのだ。
『てめぇの連れか?』
『ええ、まぁ』
ふぅん、とまた嫌な笑み。何か良くないことを考えているに違いない。それも、ザンザスだけが楽しくてには迷惑極まりないようなこと。先に釘を刺しておかなければ・・・!しかし、がそう思うよりザンザスの行動の方が一歩早かった。
「いつもが世話になってるな」
(何言ってんのこの人ー!!!)
は耳を疑った。今のは間違いなく日本語だった。つまり、友人たちに向けられた台詞。言われた友人たちはまさかの流暢な日本語に慌てて、赤くなりながらいえいえ!とかこちらこそ!とか返している。
(世話になってる!?心にもないことを!)
一体何を言い出すのか。これ以上喋らせてはいけないと本能的に察しただったが、ぐいと肩を抱き寄せられて自分が黙らせられる羽目になった。
「そろそろ帰ろうか、?」
(誰やねん!)
聞き慣れない優しい口調に思わず心の中でツッコミを入れてみる。おまけに顔が引き攣る寸前だ。引き止めてほしいのに友人たちも呆気にとられて手を振るばかり。バイバイ、なんて言われる始末だ。
「また帰ってきたら連絡してね、!」
「あ、や、ちょっ・・・」
ザンザスは容赦なくを連れて車へと歩いていく。しっかり抱かれている上、周囲の目があるだけに振り払うこともできない。
『ボスっ!誤解招いてますよ絶対!』
こんな姿を見られて、きっとみんなザンザスのことをただの上司だとは思っていないだろう。次に会う日には間違いなく質問攻めだ。そんな日を想像して抗議するが、ザンザスはしれっとしたものだ。
『気にすんな』
『気にします!!』
『・・・器の小せぇ奴だな』
(この人には言われたくない!)
話す間もすたすたと歩き、あっさりは車へと放り込まれた。むくれていると、すぐに運転席にザンザスも乗り込んでくる。
『あんなの見られたら、もう日本に帰れないじゃないですか』
『ならイタリアにいろ』
エンジンがかかる。車が滑らかに動き出す。サイドミラーに映っていた会場はみるみるうちに小さくなった。
『ほんと、何しに来たんですか』
ザンザスは答えない。代わりに、ただ口元が歪められる。
(・・・わけ分かんない)
こうして呆気なく懐かしの日本とはお別れ。・・・と思ったら、車が着いたのは日本の実家だったりして。
「やぁ、おかえりザンザスさん、」
(お父さん!!)
平然と実家に入っていくザンザスに、そしてそれを喜んで出迎える父親に、・・・眩暈がする。