幹部は全員出席、との命令が下されたのはパーティー前日のことだった。全員の予定が空いていたのは偶然か、それとも以前からザンザスがそのように任務を回していたからか。いずれにせよ、ヴァリアーの幹部が全員で出席するなど極めて珍しいことだった。
今回のパーティーはボンゴレが主催したもので、新しく同盟に加わったファミリーを歓迎するものだ。しかしそのファミリー内部では同盟に反対する者もいるらしく、ザンザスに言わせれば、このパーティーの目的は歓迎などではなく牽制だ。普段表に出ないヴァリアーに出席要請があったのは、最も単純に力を示すには適任と判断されたからに違いない。
「けどこんな役割、よく引き受ける気になったよね」
「さすがボスだ」
「どうせまたいつもの気紛れだろぉ」
パーティーと聞いて機嫌がいいのはベル。当日の朝、誰より早く支度を整えてエントランスに現れたのが彼だった。(正確には最も早かったのはレヴィだが、当然集合時間の2時間前からいるので論外だ。)そして次がスクアーロ。パーティーは苦手だが、以前からザンザスに従って出席し慣れているので支度は手早いようだ。続いて現れたマーモンは、普段どおりの服装のまま、黙ってふわふわと宙に浮かんでいる。宙に浮いた赤ん坊、幻覚使いのアルコバレーノ。牽制ならその姿だけで十分だ、と特別に許可を得たマーモンは幻覚での出席となり、本体は赤ん坊らしく部屋でゆっくり眠っている。最小限の力しか使われていないそれは一言も口を利かないが、実はその方が恐ろしさが倍増して効果的だ。
「それにしてもあいつら遅くね?」
「女は遅ぇもんだろぉ」
「はいーけど、・・・女ってアレも含まれてるわけ?」
アレ、と言いながら小指を立てるベル。ぷっ、とレヴィが吹き出した。
「・・・俺に聞くなぁ」
スクアーロは苦い顔で目を逸らした。その時、レヴィがはっと背筋を伸ばして一点を見つめた。視線の先、階段からザンザスが降りてくる。
「ボス、今日は早いじゃん」
「あぁ?・・・まだ揃ってねぇのか」
きちんとスーツを着たザンザスは、いつものように肩に羽織ったコートをなびかせて3人の方へ歩いてきた。隊服とは違うロングコートは今まで誰も見たことがないものだ。今日のために新調したのかもしれない。ボスたるもの、パーティーのたびに同じ服というわけにもいかないのだろうが、随分用意のいいことだとスクアーロは思った。やはりこのパーティーには以前から出席するつもりでいたのだろう。
「あーあ、王子待ちくたびれたんだけど」
「あいつらがボスより遅ぇなんて初めてじゃねーかぁ?」
「・・・こいつは期待できそうだな」
「期待?」
「あぁ、・・・・・・・・・来たか」
期待、という言葉に引っかかったものの、3人はザンザスと同じように階段に視線を向けた。
数時間前、は部屋で支度をしていた。パーティーなんて稀に任務で潜入することがあるくらいのもので、最後に正式に出席したのはもう十数年も前、ほとんど記憶の無い幼少時代のことだ。急だったので新しい服は用意できなかったが、せめてメイクには気合いを入れようと、着替えを済ませてドレッサーの前に座った。
「ー、開けてちょうだいっ!」
「はーい・・・?」
ルッスーリアの声がした。普段のノックが無いことを不思議に思いながらも立ち上がりドアを開けると、目の前に現れたのは白い物。
「!?」
驚いて後ろに下がると、それはずいっと部屋に入ってきた。よく見れば、既に支度を整えたルッスーリアが白い箱を持って来たのだ。それも大きさの異なるいくつかを重ねて。片手にそれを持ち、反対の手にはメイクボックス。部屋に入ったルッスーリアはお尻でえいっとドアを閉めると、呆然とするに目をくれた。
「あらん、もう着替えたの?悪いけど脱いでもらうわよ!」
「えぇっ?」
ドレッサーにメイクボックスを置くと、ベッドの上で箱の一つを開け、中身を取り出した。が今着ているものとは桁が違いそうな艶やかな黒のドレスが現れ、思わず感嘆の声が漏れる。
「さ、これに着替えてちょうだい」
「・・・私が着るの?」
「他に誰がいるのよ!ほら、後ろ向いててあげるから」
有無を言わさずルッスーリアが背を向けたので、は着ていたドレスを脱ぎ、新しいものに着替えた。やはり上質な生地は手触りが違う。それにしても・・・。
「着替えたよ」
一声掛けると、ルッスーリアはパッと振り返り、まぁ!と両手を胸の前で合わせた。
「よく似合うじゃない!」
「・・・ちょっと露出が激しくない?胸元と背中がすーすーするんだけど・・・」
「それくらいでいいのよっ!さぁ、次はそこに座って!」
「わっ」
両肩を後ろから押され、ドレッサーの前に座らされた。開かれたメイクボックスは中身がぎっしり詰まっていたが、ルッスーリアはそこから迷わず必要なものを取り出した。あまりの手際の良さに驚くをよそに、ルッスーリアは笑みを深める。
「んふふっ、腕が鳴るわぁ・・・!」
気付けば鏡には見たこともない女が映っていた。派手だがいやらしさを感じさせない上品なメイクに、アップにしてふわりと毛先を散らした髪。それが自分の姿とは信じられずに、は鏡に映る自分とルッスーリアとを交互に見た。
「うふふっ。いかがかしら?」
「・・・すごい、です」
それよりどこでこんな技術を、とは聞けなかった。の答えに満足気に微笑んだルッスーリアは、小さな箱から取り出したイヤリングやネックレスを手際良くつけていく。
「・・・ありがとう」
がはにかんで礼を言う。するとルッスーリアは、メイクボックスを片付けながら言った。
「いいのよ、礼ならボスに言いなさい」
「ボス?」
「ええ。だってこれ、全部ボスからのプレゼントよ」
「・・・!」
が驚いている間にドレッサーの上は綺麗に片付けられ、最後にベッドの上に残っていた二つの箱が開けられた。一つはショール、もう一つは靴だ。さすがボスね、見立てがいいわと呟きながら、それらをのもとへ持ってくる。促されて靴を履き替えると、肩からショールが掛けられた。
「完璧だわ。・・・もうっ、いつまでそんな顔してるの」
「だって・・・!」
の表情は戸惑いを隠せずにいたが、苦笑したルッスーリアに両頬をぱんと挟まれる。堂々としてればいいのよ、と言われ、手が肩にそっと添えられると、を立たせた。
「さ、行きましょうか?」
階段へと集まる視線。ルッスーリアがの手を取りながら、ゆったりと降りてくる。
「お待たせしました、ボス」
「・・・お待たせ、しました」
見慣れない仲間の姿に彼らは一瞬言葉を失った。いつになく華やかなは、長身で体格の良いルッスーリアの隣に立つせいで普段より華奢に見える。恥ずかしそうな表情は東洋人らしい幼さを感じさせるようで、それでいてどこか色気があって・・・。
「・・・妖艶だ・・・」
何も言わない彼らにが不安になりはじめたところで、ようやく口を開いたのはレヴィだった。しかしそれが命取りだった。レヴィの好みが妖艶な娘だということは皆の知る事実だ。あ、と幹部たちが思ったときには遅かった。うっかりザンザスの隣でそんなことを呟いてしまったレヴィは、目にも止まらぬ速さで繰り出されたザンザスの裏拳により崩れ落ちた。外まで吹き飛ばされりゃあ良かったんだ、と、日頃からザンザスの理不尽な暴力を受けているスクアーロは密かに思った。
しかし何事も無かったかのようにザンザスはの前に立った。上から下までざっと眺め、再び視線を顔に戻す。
「・・・・・・・・・」
「どう、ですか?」
不安げに見上げるを見つめ返し、ニッと口元を吊り上げる。
「悪くねぇな」
「・・・ありがとうございます」
はほっとしたように目を細めた。鼻を押さえながらよろよろ立ち上がったレヴィがその笑顔に頬を染めるが、それを見たベルは、今度は殺されるぜ、と小さく呟いた。
車と専用ジェットを乗り継ぎ、国境を越えて着いた会場は、古城を改装して造られたボンゴレが所有するレストランだった。既に大勢集まっており、新参ファミリーからの出席者も揃っている。纏う威圧感や殺気を抑えようともせずに現れた集団に人々はざわめき、そしてヴァリアーが来たと気付いたようだ。あからさまに避けるようなことはしないが、しかし近付きたくもなさそうな様子に、ベルがうししと笑い声を漏らした。
「ボスー、もう今日の仕事終わったんじゃねーの?」
「はっ、まだ挨拶もしてねぇよ」
ザンザスの面白そうな様子に、幹部たちも思わず笑みが浮かんだ。なるほど、新参者だけでなくボンゴレ本部の人間までも牽制するいい機会というわけか。ボスの機嫌がいいと何故か自分たちまで気分が良くなるのだから不思議なものね、とルッスーリアは思った。
「それじゃあボス、楽しませてもらってくるわ」
「なぁスクアーロ、何人ビビらせて帰らせられるか勝負しね?」
「アホかてめぇ」
「・・・スクアーロには言われたくないんだけど」
「う゛お゛ぉい・・・」
そうしてそれぞれ会場へ散っていく。レヴィはザンザスの傍に残ろうとしていたが、だめよ!とルッスーリアに引きずられていった。
(・・・じゃあ、私も行こうかな)
会場にはいくつものテーブルがあり、どこも色鮮やかに飾られている。それは食事や飲み物、そして花だ。見ているだけで何だか楽しい気分になってくる。牽制云々の話はともかく、は全体を見て回ろうとして、しかしぐいと腕を引かれた。
「!」
「てめぇはこっちだろ」
引かれるままザンザスの隣へ。・・・これは、まさか。予想はついたが、勘違いだったら恐ろしい。念のため聞いてみることにした。
「・・・何でしょう」
「俺が意味もなく服を贈ると思うか?」
「・・・そうですね」
美味しい料理を楽しませてもらうつもりでいたが、どうやら今日はボスのパートナーを務めなければならないらしい。そのための綺麗なドレス、というわけか。
(聞いてないよルッスーリア!)
不意ににザンザスの腕が差し出される。何、と顔を見れば。
「腕」
(・・・・・・組め、と?)
そっとザンザスの腕に自分の腕を絡める。この姿を会場中の人に見られるのかと思うとは少し顔が熱くなった。満足気に歩きだした彼に従いながらふと目線を動かした先に、悔しそうなレヴィと、ルッスーリアの微笑む顔が見えた。
パーティーには各同盟ファミリーの上層部の人間が集まっているだけあって、ボンゴレ9代目の息子であるザンザスの顔を知る者は少なくない。社交辞令が日常の世界だ、とは言え相手はザンザスなので当たり障りのない言葉を選んで声を掛けてきては、続けて本音が出てしまったように意外そうに同じ台詞を口にした。それはキャバッローネのボス、ディーノも例外ではない。ロマーリオと共にやってきた彼は、ヴァリアーが出て来るとは珍しいな、と声を掛けてきて、それからザンザスの隣のを見て目を丸くした。
「・・・初めてだな、女の子を連れて来るなんて」
「うるせぇ」
「ははっ、相変わらずだなぁ・・・」
ここまでのやり取りはそれまでに声を掛けてきた人間と同じだ。彼らはザンザスを苦手として早々に去るが、しかしディーノは違う。ににこりと人当たりのいい笑顔を向けた。こんな悪意の欠片も無い笑顔を見るのは何年ぶりだろう、とは思った。
「初めまして。キャバッローネのディーノだ」
「初めまして、です」
マフィアとは思えない、噂に聞いていた以上のディーノの穏やかさに、知らず表情が緩む。
「よろしく、」
ディーノの手がの手を取ろうと伸びた。しかしそれはすぐに止まり、再び下ろされる。苦笑しながらディーノは、思い切り睨み付けてくるザンザスを見た。
「・・・挨拶くらいさせてくれよ」
「必要ねぇ。人の女に触んな」
「「!」」
今度はも目を丸くした。ディーノにしてみればザンザスの執着ぶりが意外だったのだが、の場合その言葉自体が意外だった。今までそんな風に言われたことは無い。匂わせる行為ならあったが、彼にとってはただの戯れにしか過ぎないのだろうと思っていた。
「ボス、」
「行くぞ」
組んでいた腕をするりと抜かれたかと思えば、今度はきつくの肩を抱いてザンザスは歩きだす。
「またな」
「はいっ・・・!」
にこにこと手を振るディーノに軽い会釈すらまともにできないまま、はザンザスに連行された。
テラスにはひんやりとした風が吹いていた。ショールをきゅっと握り締めたにザンザスのコートが掛けられる。
ザンザスは優しい。それが特に自分にだけ、というのは、自惚れかもしれないとは思いつつも感じていた。ザンザスの行動に一々顔を赤らめたりするのが面白くて、遊びでやっているのか、とも思ったりしたが、そうではないのか。他人の前であんな宣言をされたら驚くのが当然だが、ただ驚かせたいだけならわざわざ他人に誤解を与える必要はないはずだ。それに、話しかけてきた人は口を揃えて言っていた。女連れのザンザスを見るのは初めてだ、と。
「私、・・・いつからボスの女になったんですか?」
「・・・最初からだ」
「!!」
ザンザスはさらりと言い放った。は言葉を失う。
「俺に惚れてんだろ?なら本気にすりゃあいい」
「・・・ボス、・・・私のこと好きなんですか?」
「さぁな、・・・ただ、俺のもんにしたくてたまらねぇ」
壮絶な笑みと共に告げられた一言に、頬が一瞬で真っ赤に染まる。好きだとか愛してるだとか、そんな言葉より遥かに直接的で威力があった。あまりの言葉に呼吸さえ忘れたかのように固まったを、ザンザスはそっと手を伸ばし抱き寄せる。細い身体はすぽりと腕の中に納まった。
「・・・最初、って、いつですか」
「最初に会ったときに決まってんだろ?」
「嘘。だって最初は」
「ガキの頃。俺が風邪で寝込んだ時だ」
「・・・・・・!!」
はっとはザンザスを見上げる。驚きに見開いた目は優しい眼差しにぶつかった。
「覚えてたんですか・・・!?」
「思い出したっつった方が正確だな。てめぇこそ覚えてるとは思わなかったぜ」
ぽたり、涙が一滴零れる。そんなの頭をザンザスは自分の胸に抱き込んだ。
「俺の頭にあんな濡れたタオル乗せる奴、お前しかいねぇよ、」
あんなガキを欲しいと思うなんてどうかしてるがな、ザンザスの口元に自嘲的な笑みが浮かんだ。しかしどうしようもないのだ。欲しいと、自分だけのものにしたいと思ってしまったのだから。欲しい物は手に入れないと気が済まないのは昔からのこと。ただ、その対象が人間なのは初めてだが。
抱き締めた体を少しだけ離し、の頬に手を添える。なるほど、涙で崩れないメイクとは、ルッスーリアにやらせて良かった。ふっと笑みを漏らして唇にキスを落とすと、は静かに目を閉じてそれを受け入れた。
「・・・で?牽制ってそーゆー意味だったわけ?」
テラスの2人にちらりと視線を寄越しながらベルが呟く。暗い外は明るい会場からは見辛いが、見ようと思えば十分見える。人目ってやつを考えろぉ、と呆れるスクアーロにルッスーリアは、そんなもの考えてたら虫除けにならないでしょう、と笑った。
「次のパーティーは婚約発表かしらね」
牽制は完璧だ。を抱き寄せて離さないザンザスによって、そして、嫉妬に燃えるレヴィが会場に撒き散らす殺気によって。