私の手が銃を構え、引き金を引く。銃弾が掠めた彼の頬に赤い線が浮かび上がる。
「」
それでも私は銃を向ける。傷跡の残る彼の額に、銃口を押し付ける。
「・・・分からねぇのか、俺が」
言って彼も銃を構えた。二つの銃口がぴたりと私を捉える。けれどそれが押し当てられることはなく、ただ、服に触れるか触れないかの位置に固定される。
「撃てよ。道連れにしてやる」
彼は嗤う。銃口を額に押し当てられたまま、彼は、いつもと変わらない不敵な笑みを見せる。
・・・どうして?どうして撃ってくれないの?
話せない私の思いは彼には届かない。いっそ舌を噛み切ってしまえたらどんなにいいか。全く意思に従わない他人のような私の体は、今にも彼を殺そうとしている。彼のことが分からないなんて、そんなはずないのに。
ねぇ、お願い、お願いだから、私に彼を殺させないで!
「─────・・・」
白い光が眩しくて、開きかけた目を思わず細めた。明るさに慣らすように、ゆっくりと目を開けていく。
「気がついたか」
彼はベッドに腰掛けて私を見下ろしていた。その傍にマーモンが浮かんでいる。
「ずいぶんうなされていたよ。悪い夢でも見たのかい?」
「・・・」
悪い夢。そういえば、何か見たような気がする。すごく怖くて、死んでしまいたいような夢。思い出せそうで思い出せない。思い出そうとすればするほど、記憶から消えていくような感じがする。
「無理して思い出す必要はないよ」
考え込んだ様子に気づいてか、マーモンが優しく言ってくれた。私は小さく頷く。どうしてだろう、さっきから体が重くて仕方ない。声も出しにくい。それに、どうしてこんな所にいるんだろう。記憶は、偵察先で術者に捕らえられた、そのあたりで途切れている。
「・・・私、捕まって、」
そう口にした途端、ボスが眉間にきつく皺を寄せた。でもほんの一瞬のことで、まずいことを言ってしまったかと思ったときには消えていた。
「心配いらないよ、君のおかげで術者の存在が分かったんだ」
「そういうことだ。失態は、今回は見逃してやる」
「・・・すみません」
捕まったことが役に立っただなんて、そんなの嘘だ。情けない。仮にもここはヴァリアー、弱者など生きてはいけないのに。本来ならとっくに殺されるべきなのに。
「ただし、何の処分もしないわけにはいかねぇ。・・・いいな」
「はい、・・・覚悟は、できてます」
「まったく、ボスも遠回しよねぇ。潔く『ゆっくり休め』とか言えないのかしら」
談話室でそう漏らしたのはルッスーリアだ。ザンザスに聞かれる心配がないと分かっているだけに、それぞれ次々に本音が出てくる。話の中身はもちろん、先日謹慎処分が言い渡された同僚についてだ。
「立場上も性格上も無理だな。んなこと言える男じゃねぇ」
「つーかボス、のことどうしたいのさ」
ベルの一言に二人ははっと口を閉じた。
「が捕まったのは確かに情報不足だったのもあるかも知んないけどさ、もし偵察が下っ端の部下だったら、ボス間違いなく見殺しにしてると思うんだよね」
それには二人も同感だった。末端の部下だったら、いや、自分たち幹部ですら、その場で殺されているかも知れない。
「それを、顔に怪我までして助けてんだぜ?そんな死なせたくないんならさっさとクビにでもすればいーじゃん」
頬に傷を負った経緯だとか、どうやってを助け出したのかだとか、詳しいことは何も話さないので分からない。しかしザンザスがの命を守ったということは確かだ。そんなに大事ならここに彼女を置いておくのは相応しくない。・・・そのことに、彼が思い至らないわけがないとは思うのだが。
「何か、考えがあるんじゃないかしら」
「・・・だといいけどなぁ」
その頃ザンザスは執務室にいた。ある程度回復したは彼のデスクワークを手伝うようになり、今も指示された書類を探して書棚をごそごそと漁っている。その後姿を見ながら、以前も書類を手伝わせたことがあったな、と思い出す。そうしてザンザスは、二人の関係があの頃と何も変わらないような気がした。いつまで経っても、上司と部下。・・・辞めさせてしまえばいいと、思っても出来ないのは、上司でありたい自分がいるからだ。自分が与えた任務に喜ぶ彼女を、ボス、と笑って報告書を持ってくる彼女を、まだ見ていたいからだ。
目的のファイルを見つけ、はくるりと振り返ってザンザスのもとへやって来た。
「どうぞ」
「・・・あぁ」
ファイルを受け取る。と、の手がそっと伸びてきた。指先が遠慮がちに頬に触れる。薄くなった傷跡をなぞる。
「・・・」
には本当のことは伏せてある。それでも何か感じるのだろうか。それとも、ただ少し気になっただけだろうか。ザンザスは添えられた手に自分の手を重ね、握った。は嬉しそうに微笑む。
互いに銃を向け合った記憶は、きっと悪い夢だ。