不可侵領域

幹部たちが席についた薄暗い会議室。数えるほどの人数しかいないというのに、そこには常人なら息の詰まりそうな圧迫感が漂っていた。しかし中にいる本人達は、そんなもの微塵も感じていない様子で会話を交わしていた。いつもならあとはボスを待つだけとなるその時間、今日はもう1つ空席があったのだ。

「む・・・はどうした?」

「んもう、鈍いのねぇ!」

ルッスーリアがレヴィの額を人差し指で突く。彼にしてみれば何気ない行動だが、ヴァリアー幹部の、しかも肉体派の彼のことだ、実は相当痛かったりする。う゛、と呻いてレヴィは自らの額を押さえた。

、昨日1ヶ月ぶりに帰ってきたんだぜ?」

”鈍い”レヴィに、ベルフェゴールがヒントを与えてやる。ヒントと言うよりもはや答えに近いものだったが、

「そうか、疲れて寝ているのか。なら起こしに・・・」

「マジ?本気で言ってんの?ありえねー。」

「・・・まぁ、疲れてるってのは当たりだろうけどなぁ」

レヴィはまだ答えには辿り着かなかった。を起こしに行くため席を立とうとして、ぐいっと裾をベルフェゴールに引かれ、勢いよく椅子に戻される。朝に弱いスクアーロはうんざりした顔をしながらぽつりと呟き、そんなスクアーロに何か言おうと口を開きかけたレヴィだったが、そこへよく知った気配が近づくのを感じて姿勢を正した。

羽を揺らしながら会議室に入ってきたザンザスは、さっと室内を見渡してから椅子に腰を下ろす。組んだ足をテーブルの上に乗せるのも忘れない。

「始めろ」

顎でしゃくるようにしてレヴィに指図する。レヴィは最初、少し迷ったが、すぐに立ち上がって本日の議題を述べ始めた。それを聞いているのかいないのか、腕を組んだザンザスは目を閉じて下を向いているが、それはいつものことだ。

(まぁ、幸せそうな顔しちゃって)

(今日は机に挨拶せずに済みそうだぜぇ)

(今なら賃上げ交渉に応じてくれるかもね)

(うしし、に感謝しなきゃ)

それぞれがレヴィの話を聞き流しながらボスの様子を探るのもいつものこと。朝からの会議は機嫌が悪いのが常だが、今日は纏う雰囲気が随分と柔らかいことに気付き、彼らは一様に安堵した。

機嫌が良い理由など訊こうとする者は一人もいない。会議に姿を見せない、そしてザンザスの手の甲から手首にかけての真新しい引っかき傷。理由など明白だ。───レヴィを除いては。

「──────────以上です」

レヴィが再び席に着く。ザンザスはそっと目を開けた。

「・・・一つ目の件ならマーモンが適任だろう」

「いいよ。でも少し難易度が高いんじゃないかな」

「フン、計算の速い奴だ。・・・いいだろう、上乗せしてやる」

機嫌さえ良ければザンザスはしっかり話を聞いているし、懐も広い。マーモンはあっさりと報酬を引き上げることに成功した。

「他はスクアーロとレヴィで当たれ。やれるな?」

「当然です」

「俺一人でも十分だぜぇ」

スクアーロがこんなことを言ってもザンザスは鼻で笑うだけだ。機嫌が悪ければ机か壁へのキス、もしくは酒が入ったままのグラスやボトルが飛んでくるのは避けられない。いや、機嫌が悪くなくてもそうなる可能性が高い。今日は機嫌が良すぎるのだ。

不意にザンザスが立ち上がった。

「あら、もう戻るの?」

「細けぇことはてめぇらに任せる、好きにやれ」

「ボス、その前にきっ」

傷の手当てを、そう言おうとしたレヴィの口は隣に座っていたベルによって塞がれる。

「・・・何だ?」

「何でもないよボス。ごゆっくり」

にやり、と笑みを浮かべてベルが手を振る。その意味が分からないザンザスではない。うるせぇよ、と人の悪い笑みで応じると、また羽を揺らして部屋を出て行った。それを見届けてベルが手を放すと、途端にレヴィが口を開く。

「何を・・・!」

「手当ては傷付けた本人がやるから放っとけよ」

「どうせこれからまた増えるだろーしなぁ」

に爪切りなさいって言っておかなきゃねぇ」

「・・・!」

どうやらようやくレヴィも気づいたらしく、それぞれの言葉にがくりと力を落とした。君は一体ボスの何になりたいのさ、とマーモンが呆れた声を掛ける。レヴィが男女問わずザンザスに近付く人間を敵視するのは以前から少しも変わらない。そんな姿にルッスーリアは苦笑をもらした。

「・・・誰も入っちゃいけないのよ、あの二人の間はね」

今日はこの会議以外、ザンザスに予定は入っていないはずだ。もちろんにも。

あぁ、きっと明日、は昼過ぎまで起きてこないだろうな。

それぞれ心の中でそんなことを思いながら、ザンザスの機嫌を良くしてくれたに心から感謝した。それは決して自分たちに被害が出ないからという理由だけでなく、が自分たちの大事なボスに最も安らぎを与えることのできる人だから。

「それにしても。見せ付けてくれるわよねぇ、ボスったら」

うっとりとルッスーリアが呟く。その言葉に無意識に、あの引っかき傷を付ける状況を想像させられて、気恥ずかしさに誰からともなく席を立った。

(2007.05.09) ヴァリアーは二人の恋を応援しています。