適当な女見繕って来い、そう言ったら、こともあろうにあの男は自分の女を寄越してきた。全くこのカスは何も分かっちゃいねぇ。
パーティーに行くにあたり、適当な連れが欲しかった。特定の女がいれば話は早いが、あいにく俺にそんなものはいない。ただでさえ面倒なパーティー、派手な女は隣にいるだけで鬱陶しいからなるべく大人しい女を連れて来いと、その時たまたま傍にいたあのカス鮫に命じたのが間違いだった。
会場に向かうため、支度を整えて部屋を出る。運転手と護衛を務めるスクアーロが車と女を用意して待っているはずだった。見れば奴は確かに車と女を用意していたが、やけに親密そうに女と談笑している。淡いピンクのカクテルドレスを纏う背中には見覚えがあった。
「あら、久しぶり、ザンザス」
「・・・」
「何ぼけっとしてんだぁ?」
「・・・てめぇの思考は理解できねぇ」
目の前でにこりと微笑んだのは、学生時代からの知人、そして今はスクアーロの女であるだった。俺が漏らした文句にスクアーロは眉をひそめる。
「じゃ不満だってのかぁ?」
「違ぇ。てめぇの女寄越すその頭がイカれてるっつってんだ」
「あんたどうせ途中で抜け出してぇから大人しい女がいいんだろ?だったらはちょうどいいじゃねーか、あんたの性格もよく知ってるぜぇ」
間違っちゃいないがいまいち話が噛み合っていない。俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな。
「ごめんね、私が行きたいって言ったの」
全くこの二人は揃って頭おかしいんじゃねぇのか。いいのか?パーティーじゃ護衛は壁に張り付いて見てるだけなんだぜ?俺はの肩だの腰だの抱いてんだぜ?自分の女と他の男がそんな風にしてんの、黙って見てられんのか?
昔からは俺の表情を読むのが上手い女だった。今も敏感に感じ取り、的確な答えを返してくる。
「スクアーロがね、ザンザスなら信用してるからいいって」
信用だと?何を根拠に。
「・・・何だ、んなこと気にしてたのかぁ?」
今更気づいたというように、スクアーロは暢気な声を出した。苛々する。
「フン、悪かったな」
「怒んなよ。あんたなら何もしねぇって安心してっから任せるんじゃねーか」
言ってスクアーロがの肩を抱き寄せる。も抵抗無く身を寄せた。あまりに自然な流れに、不快感が募る。
「別に、こいつのことどうでもいいと思ってるわけじゃねぇ」
「・・・もういい、分かった。とっとと車を出せ」
スクアーロはニッと笑って運転席に回る。二人の体が離れて少し、喉につかえていたものが取れた、そんな気がした。を先に後部座席に乗せ、俺も続いて乗り込む。車は滑らかに進みだした。
昔からは人の表情を読むのが上手く、よく気が利く女だった。ただ、自分のことにはとにかく鈍かった。だから積極的にアプローチしていたスクアーロが痺れを切らして告白したときには相当驚いたというし、俺が何も出来ないままずっと見ていたことにも、全く気付きはしなかった。
「おい、カス」
「何だぁ?」
機嫌良く運転するスクアーロに、ルームミラー越しに笑みを作ってみせてやる。
「今日は抜け出さねぇ。ゆっくりしていくから、そのつもりでいろよ」
「・・・ふぅん?珍しいなぁ」
小首を傾げて視線を前に戻すカスに笑いがこみ上げてきて、片手で口元を覆った。笑い、というにはあまりにも醜いかも知れない。嘲笑。それは俺を疑うことを知らない奴に対してであり、そして、今までもこれからも、決して素直に気持ちを伝えることのできない自分自身に対してであり。
少なくとも今夜、会場でのは俺の女だ。何をしたって構わないだろう?