ホールは喧騒に満ちていた。上等な服に身を包んだ人々はにこやかに談笑し、テーブルには料理が並び、花が飾られ、ホールの前方では小さな楽団が見事な曲を披露している。この盛大なパーティーは、主催であるボンゴレの御曹司・ザンザスのために開かれたものだ。
しかし彼は特に喜ぶでもなく、楽しむでもなく、ただ壁際でじっと人々の様子を見ていた。集まった人間の多くが決して心から自分のために来たのではないことくらい賢い彼にはよく分かっていた。彼らは保身のために来ているのだ。9代目をはじめとするボンゴレ上層部の機嫌を取り、良好な関係を築くために。
「ザンザス、・・・楽しくないかね?」
「いえ」
今まで人に囲まれていた9代目がそっと様子を伺いに来た。確かにパーティー自体は少しも楽しくはない。だが、不快感もなかった。顔に作り物の笑みを貼り付けた人間たちを観察しているのは、それはそれで興味深いものだった。
一言で9代目の問いを否定すれば彼はまだ心配そうな顔をしていたが、またすぐに人に呼ばれ、その場を去って行った。
壁の花となっているザンザスのところへも、もちろん人々は祝辞を述べにやってきた。中にはザンザスと歳の近い娘を連れて来る者もあった。目的は明白だった。きっと厳しく教え込まれたのであろう丁寧な挨拶をする彼女たちの名を、ザンザスは全て適当に聞き流した。一人として興味を引く者はいなかったし、彼には既にこれと決めた女がいたのだ。もちろん公式なものではなく彼の心の中のみで決めたことだったし、おそらく彼女すらも気付いていないだろうが、彼は自分の決定以外に従うつもりはなかった。
そのうち、ザンザスは人々の間を縫って真っ直ぐこちらへ歩いてくる少女に気が付いた。その後ろに彼女の父親の姿も見えたが、父親のことなど構わずに夢中で向かってくる。彼女はいつからこちらに気付いていたのだろう。もしかしたら、壁際にいることを予測していたのかも知れない。ザンザスの視線を感じた彼女は嬉しそうに笑って歩みを速めた。その笑みが作り物でないことを知った日、ザンザスは彼女を傍に置くと決めたのだ。
「お誕生日おめでとう、ザンザス」
「ああ」
さらににこりと目を細めて、歳相応の幼い笑顔で彼女は言う。生まれた日に特別な意味など感じられないザンザスも、彼女に言われればおめでたい日のような気がしないでもない。本心から祝われて悪い気はしない。
「これでお前より年上だな」
「またすぐ追いつくよ!」
今日でザンザスが14歳、そして彼女が13歳。年上でいられるのは数ヶ月。彼女がまるで一歩先にいる自分を追ってくるようなその数ヶ月が、なぜかザンザスにはとても心地よかった。
不意に流れていた曲が止み、照明が落とされる。眩しいほどだったライトが消えてホールは少し暗くなった。改めて新しい曲が始まる。ワルツだ。ダンスもあるとは聞いていなかったが、大人たちは続々と手にしていたグラスを手放している。踊ることは決して好きではないが、今ここで彼女と踊れば公認されるだろうかと、ザンザスは頭の片隅で考えた。
「」
「なに?」
「一曲、付き合わねぇか?」
ザンザスが差し出した手を彼女は迷わず取った。しっかり握り合ってホールの中央へと進み出る二人を、眩いスポットライトが照らす。