▼ルッスーリア
オーブンを開けると、芳ばしいクッキーの香りがあふれ出してきた。やはり紅茶の葉を混ぜたのは正解だったようだ。食欲をそそる香りに満足気に笑みを浮かべてプレートを取り出すと、後ろからルッスーリアが覗き込んできた。
「まぁ、美味しそうに焼けたわね」
はにこやかに頷いて、焼きたてのクッキーを一つ手に取る。
「食べてみて」
「あら、私でいいの?」
「いいの」
「ふふ、嬉しいわ」
ルッスーリアは差し出されたクッキーを受け取り、口に運ぶ。はその様子をじっと見守った。
「・・・どう?」
「美味しいわぁ!上出来よ!」
「ほんと!?良かったぁ」
「・・・それで?誰にあげるつもりなの?」
「んふふ、内緒ー」
教えなさいよぉ、と頬をつついてくるルッスーリアとじゃれ合いながら、は内心、ほっと息をつく。一番食べてもらい人に食べてもらえたから、後は誰にもあげなくたって構わないのだ。
▼レヴィ
腹を空かせたレヴィの鼻は、漂ってくる甘い匂いを敏感に嗅ぎ取った。またルッスーリアが菓子作りに励んでいるのだろうか、そう思いながら厨房を覗いてみる。しかし、そこにいたのはだった。甘い匂いの正体はどうやら焼きたてのマフィンのようだ。
「あれ?どうかしたのレヴィ?」
「いや・・・」
少し覗いてみただけだ、そう言おうとしたら腹が鳴った。
「・・・ふぅん?」
「あ、いや、違う、そういうつもりでは・・・!」
にやりと笑ったに慌てて否定する。しかし手遅れである。
「いいよ、レヴィ」
「ぬ?」
「食べていいよ」
「しかし・・・」
「レヴィのために焼いたんだもん」
「・・・」
ぽかんと口を開けて固まってしまったレヴィ。は少し頬を染めて微笑んだ。
「だって、今日はバレンタインでしょ?」
苦節23年。レヴィ・ア・タン、生まれて初めての「本命」マフィン。
▼スクアーロ
浴槽一面に広がる赤。両手で掬うと、何枚もの花弁が手のひらに乗った。元はスクアーロが持ってきた薔薇の花束だった。は飾っておきたいと言ったのだが、スクアーロは花風呂にするのが目的だったらしい。1本だけ残して全て風呂に撒いてしまった。
「・・・贅沢」
そうは言いつつも、も満更ではない様子だ。花束なら今までに何度も貰っているが、こんな風にしたのは初めてなのだ。
後ろから軽く肩を引かれ、そのまま体を後ろに預ける。素肌にスクアーロの熱が伝わってきて、は気持ち良さそうに目を細めた。
「たまにはこういうのも悪くねぇだろぉ?」
「うん」
顎に手が添えられ、顔を上に向かされて、大人しく従うと上からキスが降ってきた。
「・・・で?」
「ん?」
「お前からは何くれんだぁ?」
「んー・・・。もう何も残ってないよ。あたしは全部、スクアーロのものだから」
「・・・いい返事だぁ」
スクアーロは満足したようだ。ちょっと恥ずかしいこと言ったかも、と心の中で思ったが、今日くらいはいいだろう。
▼ベル
お祭り好きのボンゴレでは、バレンタインには日本風にチョコを送り合う人も多い。ヴァリアーも例外ではないようだ。
「うわ、何それ」
「王子への供物たち。ししっ」
手ぶらで歩いてきたベルフェゴールの後ろには召使が2人、荷物を抱えて従っている。どうやら部下たちからのプレゼントを集めた結果がこれらしい。
「モテるねベル・・・」
「まーね。からは?俺に何か無いの?」
言われては思わず持っていた紙袋の紐を握り締めた。中にはチョコが一つ入っている。義理チョコを配り終えた後の、本命チョコが。
「・・・欲しい?」
「くれる気があるんなら」
「・・・じゃあ、」
は最後のチョコを取り出してベルに手渡した。
「へぇ・・・やけに凝ってんじゃん」
そりゃそうだ。本命なのだから、特に念入りにラッピングを施してある。
「さんきゅ」
しかしベルは義理か本命かなど全く興味なさそうに、受け取ったチョコを持ってまた歩き出した。
「あ、ベル・・・」
「お返し、楽しみにしてろよ」
ひらひら手を振る後姿をは物足りない思いで見つめる。来月、とびきりのお返しが自分だけに送られようなどとは、今はまだ知るはずもない。
▼マーモン
屋敷中を走り回ってようやく見つけたマーモンは、裏庭でお昼寝の真っ最中だった。
できれば手渡ししたかったが、起こすのは可哀想だ。は持ってきた包みをちょっと心配そうに見遣って、それから、木陰になったところにそっと置いた。中身はマーモンの好きな5円チョコだ。好きな理由は安いからだなんて言っていたが、本当は甘いものが好きなことをは知っている。
可愛いなぁ。すやすや眠るマーモンをまるで母親のように優しく見つめて、は起こさないようにそっとその場を離れた。
部屋に戻ったはあっと声を上げた。ドアを開けるなり、そこに一面の花畑が広がっていたのだ。そんな場所があるなら行ってみたい、いつかマーモンのいる前でそんな話をしたことを思い出す。
「・・・起きてたなら、言ってくれればいいのに」
「君があんまり恥ずかしい顔で見つめるからさ」
いつの間にかマーモンは隣にいた。手には先ほど置いてきた包みを持って。
「・・・これは、ありがたく頂いておくよ」
「うん、ありがと」
花畑はすっと消えていく。けれど、の目にはしっかりその景色が焼きついていた。
▼ザンザス
バレンタイン、と言ってもイタリアの場合、独り身の人間には縁の無いイベントだ。あくまで恋人同士が愛を確かめ合う日であって、日本のように女性が告白する日ではない。・・・はずなのだ。
「俺に言うことがあるんじゃねぇのか?」
壁際まで追い詰められ、は今にも心臓が破裂しそうになっていた。目の前にはザンザスのそれはそれは魅力的な悪人面・・・いや、ニヒルな笑みが迫っている。
「何のことでしょう・・・?」
「ジャッポーネでは女が告白する日だそうだな」
「え、ええ・・・」
「お前は、しねぇのか?」
はザンザスの意図を必死で考えた。しかしこれは、どう考えても告白を迫られているとしか思えない。ザンザスのことは好きだ。告白を要求する、ということは、好い返事を期待してもいいのだろうか。
「・・・ボス」
「あぁ」
「・・・すき、です」
言うなり唇を塞がれた。手が背中に回ったかと思えば、片方は後頭部に添えられ、もう片方は腰のほうへ降りてくる。
「っ、・・・っは、ボス・・・っ」
器用に手が忍び込んできて、素肌に触れてきた。冷たい指の感覚に身じろいだところをきつく抱きしめられる。
「いつまで待たせんだ、このカス」
耳元で囁いた唇がそのまま首筋をなぞりはじめた。あまりの急展開についていけず、はただ身を委ねるばかり。不快感は少しも無い。感じるのはただ、ザンザスに求められているという事実のみ。