雨が窓を激しく打ち付ける。その音も、ベッドに潜り込んだにはくぐもって聞こえた。
「10人目だなぁ」
静かな低い声が布団の中に届く。
「・・・10回目だね」
小さく丸まったままは答えた。
「出て来いよ。行くぜぇ」
「・・・うん」
が別れた恋人の数が10人目、そして落ち込むをスクアーロが飲みに連れていくのが10回目。
飲んで忘れちまえ、ただそれだけ言って、スクアーロはいつも黙って話を聞いてくれる。今度こそうまくいくと思ったのに、と毎回の話は同じだが、それでもスクアーロは何も言わず酒を注いでくれるのだ。促されるまま話し、注がれるまま飲んで、屋敷に帰った記憶がないことも何度かある。迷惑を掛けている、そんな意識もあるが、それでもはスクアーロに甘えてしまっていた。
何杯目になるだろう。スクアーロの手にあるボトルから、なみなみと酒が注がれる。空になったグラスがまた琥珀色になるのを、は程よくアルコールの回った頭で見つめた。
「・・・懲りねーよなぁ」
「え?」
ぽつり、スクアーロが小さく呟く。いつもが話す間は自分からは何も言わないのに、珍しいことだ。少し驚いて隣を見上げると、スクアーロはまだ半分ほどしか減っていなかった中身を一息に飲み干してグラスを置いた。そしてそれを握ったまま、目を伏せた。
「いい加減にしとけぇ。てめぇの愚痴聞いてんのも、楽じゃねーんだぜぇ?」
静かに耳に届いた言葉に、さっとの酔いが醒めていった。
(・・・スクアーロ、今までそんな風に思ってたの?)
大きく見開いた目に涙が浮かぶ。が最初に振られたときから、毎回飲みに誘うのはスクアーロの方だったのに。
(じゃあどうして今まで付き合ってくれてたの?どうして今日も誘ってくれたの?嫌なら放っといてくれればいいのに!)
勢いよく立ち上がれば、ガタン、と椅子が揺れる。そこでようやくの方を向いたスクアーロは、彼女の目が潤んでいることに気付いてぎょっとした。
「う゛お゛ぉい・・・」
バッグから財布を出し、震えそうな手で適当に紙幣を取り出す。額や枚数など丁寧に確認していられる余裕は無かった。
「ごめんねっ、もう大丈夫だから!」
「っ、!」
紙幣をカウンターに叩きつけるようにして置けばスクアーロが手を伸ばしてきたが、はそれを振り払って店を飛び出した。
外はまだ激しく雨が降っていた。スクアーロの車で来たは傘を持っていない。濡れた髪が顔に貼りつき、雫を垂らす。走る足元でぱしゃぱしゃと水がはねた。
早く離れたかった。一人で頭を冷やしたかった。───それでも、気配はすぐに後ろに迫ってきた。
「っ!」
「やっ!」
後ろに振った腕をきつく掴まれた。掴むと同時に強く引かれ、バランスを崩してよろめく。振り返った先にずぶ濡れのスクアーロの姿が見え、ふらついたこちらの体を支えようとしているのに気が付いた。支えられる前に体勢を立て直したのはのなけなしのプライドだったが、それでも伸びてきた両手はしっかりと肩を掴んできた。
「何・・・?駐車場は向こうでしょ?」
「何ってこっちが聞きてぇよ。何なんだよてめーはよぉ」
「だ、って・・・!」
だってスクアーロが嫌って言ったんじゃない!そう言葉にしようとしても、胸が苦しくなって続けることができない。肩を掴む手から逃れるように身をよじるが、離してくれるどころかますます力が籠められた。せめてもと顔を逸らす。
「・・・あのなぁ、逃げ出すんなら、話最後まで聞いてからにしてくれぇ」
ちらりと目線だけを向ける。ぽたぽたと雫を垂らす銀の前髪の間からは、思いのほか真剣な眼差しが覗いていた。
「俺は、てめーが他の男に泣かされんのはもう見たくねぇ。・・・だから、俺にしとけ」
(・・・は?)
は耳を疑った。逸らしていた顔を思わずスクアーロに向ける。
「よく考えてみろぉ。てめーが10人と付き合ったり別れたりしてる間、ずっと傍にいたのは誰だぁ?」
「・・・・・・・・・スク、アーロ」
その名前はすんなり浮かんできた。素直に呟けば、それを聞いたスクアーロは嬉しそうに顔を歪めた。
「だろぉ?俺となら絶対上手くいくぜぇ」
「・・・っ!」
さっきよりも胸が苦しい。目の奥が熱くなり、涙がぼろぼろと溢れだす。
ふと肩を掴んでいた手から力が抜けたと思うと、その手は背中へと滑り、次の瞬間にはぎゅうと抱き締められた。すっかり冷えてしまったスクアーロの体に、押しあてた頬の熱が奪われていく。抱き締められた腕の中で、はただ頷くのが精一杯だった。
雨は静かに、体の奥まで染み込むように降り注いだ。