こんなこと夢想だにしなかった。まさか自分が、あのスペルビ・スクアーロに狙われるだなんて。
「う゛お゛ぉい、いい加減観念したらどうだぁ?」
ニヤリと口角を吊り上げた悪人面には全く隙がなくて、その視線に射抜かれてしまったかのように私は動くことが出来ない。蛇に睨まれた蛙はこんな気分を味わっているのだろうか。背中には冷たい壁が当たっている。完全に追い詰められて、血の気がさっと引いていく思いがした。
私はただボンゴレの一構成員に過ぎない。悪事はそりゃ人並みには働いてきたけれど、殺し屋にしつこく狙われるほど大それたことはしていない。マフィアとしては随分穏やかに生きてきたつもりだ。ヴァリアーとの関係だって、幹部と顔見知りとは言え、せいぜい機密書類を送り届けるとか、そんな雑用でしか接点はなかったはず。いったい私が何をしたっていうの?どうしてこんなに追い掛け回されなきゃいけないの?よりにもよってヴァリアー次席に!
「もう逃がさねぇぞぉ、」
彼の言葉が死刑宣告のように頭に響く。黒い隊服を纏って近付いてくる銀髪は私を迎えに来た死神にすら思えた。もう後ろへは下がれない。固く身を強張らせると、彼は私の顔の横に両手をついて、くくっと楽しそうに喉を鳴らした。・・・もう、負けを認めざるを得ない。
「諦めはついたかぁ?」
「・・・どうして、私なんですか」
せめてそれだけは聞いておきたい。むしろそれしか聞くことが無いと言ってもいいくらいだ。どうして私なのか。─────こんな綺麗な男が、どうして私なんか選んだのか。
「私なんか、別に美人でもないし、スタイルだって良くないし、他に可愛い子いっぱいいるのにっ・・・!」
そこまで言ったところで、彼の大きな右手に口を塞がれた。先ほどとは打って変わって真剣な瞳が私を見据えている。
「卑下すんじゃねぇ」
しっかり口を押さえつけていた手がゆっくりと離れていって、また元の位置に戻る。そうして彼は、私の目の前へと惜しげもなくその美貌を寄せてきた。
「ひとつ、覚えとけ」
まるで内緒話をするように低く抑えたトーン。囁くようなその声音に、心臓が早鐘を打つのを抑えることができない。
「な、んですか・・・?」
緊張が声にまで出てしまった私に、彼は見たこともないほど優しく笑う。頭をそっと撫でながら、くれたのは最高の殺し文句だった。
「男ってのはなぁ、惚れた女が一番綺麗なんだぜぇ」