ヴァリアーにも一応、夏季休暇というものはある。とはいえ実家に帰省する者がいるわけでもなく、優雅にバカンスを満喫するほどの長期でもなく、ただ仕事がなくなる期間という程度の認識だった。
「温暖化かしらねぇ」
ワイシャツの袖をたくし上げてルッスーリアが言う。窓越しにじりじりと太陽が照り付けていた。今年の夏は異様に暑い。室内の空調はフル稼働だ。
「レヴィ、ジェラート」
「俺は貴様の召し使いか!」
「あー、暑苦しいから寄んなって」
「ぬぅっ・・・」
ぐったりしたベルはナイフを出す気にもならないらしい。しっしっ、とレヴィを手で追い払うような仕草をして、またテーブルに突っ伏した。ずいぶん冷えて過ごしやすくなっている室内だが、窓からの日差しは見ているだけで暑かった。
「その鬱陶しい前髪切っちまえ」
「鮫は海に帰れ」
いつになく力の無いベルを、ここぞとばかりにスクアーロがいじり始めた。いつもからかわれている復讐といったところか。しかしベルの反撃は2倍返しだった。───このやり取りが切っ掛けとなった。
「海・・・。そうだわ、海に行きましょう!」
幹部全員で訪れたのはボンゴレのプライベートビーチ。当然外なので暑いのだが、ベルは元気に海へと飛び込んでいく。マーモンがその上をふよふよと浮かんでいた。
とりあえずスクアーロも泳ぐつもりで来てみたが、見ればザンザスはビーチパラソルの下、完全に日陰となったシートの上で寝転んでいる。ルッスーリアはうつ伏せになりレヴィに日焼け止めを塗らせている。もちろんこちらも大きなパラソルの下だ。海でみんなで大はしゃぎ、・・・なんてことをするような面子ではないと分かっていたが、つまらない。ベルと遊ぶなど元から選択肢に無いし、かといって一人で泳ぐ気にもなれず、とりあえずルッスーリアの傍に腰を下ろした。
「あら、泳がないの?」
「・・・後でな」
どうせならレヴィやルッスーリアあたりと泳ぎを競った方が楽しそうだと思い、クリームを塗り終わるのを隣で待たせてもらうことにする。
「はまだかぁ?」
「あら、そんなに水着姿が楽しみ?」
「そんなんじゃねぇよ」
クスクスと笑うルッスーリアから目を逸らす。スクアーロにとっては、確かに幹部の中では唯一の女だが、決してそういう対象ではなかった。せいぜい気の合う同僚といったところで、女として見たことなど一度も無い。まだか、と聞いたのも、が確かボールだのフロートだのと準備していたのを思い出したからだ。
「お待たせーっ!」
そこへの声が聞こえてきた。スクアーロはようやく楽しめそうだ、とそちらへ顔を向ける。・・・そして、目を奪われた。
「遅っせーよ、王子待たせるとか有り得ねー」
「ごめんごめん!ほら、これで許して!」
ベルに呼ばれたは、両手でシャチ型のフロートを抱えて波打ち際へと走っていく。その姿をスクアーロはじっと目で追っていた。
高い位置で結われた髪、そのおかげで晒された普段は見えないうなじ。隊服に覆われて形が曖昧だった体の線は、今は黒いビキニしか身につけていないせいではっきりしている。つい胸元と腰のあたりに目が行ってしまったスクアーロは初めて、あぁ、あいつ女なんだよな、と意識した。
「・・・なんて顔してるの、スクアーロ」
「っ!」
はっとして見れば、クリームを塗り終えたルッスーリアが隣でニッと唇を吊り上げていた。
「別に、なんでもねーよ」
「そうかしら」
ルッスーリアはの方へと視線を移す。同じようにスクアーロも、再びそちらへ顔を向けた。はベルと一緒に遊んでいる。楽しそうに笑う顔が、何故だかいつもと違って見えた。
「ねぇスクアーロ」
「何だぁ?」
「さっき、あなたと同じ目をしてた人がいるわ。獲物を見つけた捕食者の目」
「・・・」
そんな目してねぇ、とは言えなかった。言い切る自信がないからだ。
「鮫は、」
「あ゛ぁ?」
「・・・黒豹には、勝てるのかしら」
そっと視線をルッスーリアの向こうへと送る。パラソルの下で寝転がっていた男は、体を起こして波打ち際をじっと見つめていた。その口元に笑みを浮かべて。
「・・・さぁ。知らねーなぁ」
鮫と黒豹。そんなもの、勝負になどなりはしない。棲む世界が違うのだから。
波打ち際に遊ぶ彼女は、ウサギなのだろうか、それとも魚なのだろうか。