あぁ、しまった、と気づいたのは朝になってから。顔を洗って、いつものようにケースに手を伸ばして、あっと思った。
コンタクトを切らしてしまった。新しいものを医療班に貰いに行かなきゃならなかったのに、任務だったり、昨日はルッスーリアと飲んだりしてて、すっかり忘れていた。今日は任務じゃなくて良かった。昼から貰いに行こう。
仕方が無いので、とりあえず今朝の会議は眼鏡で行くことにする。机の引き出しを開けてケースから眼鏡を取り出した。茶色いフレームのそれは去年買ったものだ。耳に掛けて部屋を見渡すと、ちょっと見えづらい気がした。また視力が落ちているらしい。ショック。
「おはよー」
「おはよう。珍しいわね、眼鏡してるなんて」
「コンタクト切らしちゃって」
昨日飲みに行って男との別れ話聞かせてくれたおかげで貰いに行くの忘れちゃった、なんて余計なことは言わない。あれはあれで面白かったし。席に着くと、向かいのベルの物珍しそうな視線に気がついた。
「・・・掛けてみる?」
「いいよ。俺視力2.0だから」
「・・・」
そんなに前髪垂らしてて2.0ですか王子様。ちょっとベルが眼鏡掛けたところも見てみたかったけど、掛けたところでたぶん前髪に隠れるんだろうな、と思った。ていうか、眼鏡掛けた姿の前にその前髪に隠れた目が見てみたい。
「」
「ん?」
つん、と肩を指で突かれる。隣の席のスクアーロだ。顔を向けると両手が伸びてきて、するりと眼鏡を抜き取られた。はっきり見えていたスクアーロの顔や後ろの景色が一瞬で歪む。・・・外せと言えばいいものを、このやり方はちょっとどきっとした。悟られないように誤魔化す。
「何、目悪かったっけスクアーロ」
「俺も2.0だぁ」
「へぇ・・・」
なんだか凹む。私、こんな視力で暗殺部隊にいていいのだろうか。
しげしげとスクアーロは眼鏡を眺めている。何がそんなに彼の興味を引いたのだろう。
「掛けてみれば?」
「おう」
明るい返事が返ってきて、待ってましたとばかりにスクアーロはそれを掛けた。レンズと顔との間に挟まった前髪を払って、こちらを向く。・・・また、どきっとした。
「う゛お゛ぉい、こんなもん掛けてて平気かぁ?」
そんなしかめっ面したら勿体無いよスクアーロ、せっかく似合うのに!でもまぁ、気持ちは分かる。目のいいスクアーロに私の眼鏡は相当きついはずだ。レンズは薄型のものを使っているから、きっと想像以上なんだろう。
「そりゃ私は視力0.1ですから」
「0.1!?・・・そんなんで生活できんのかぁ?」
仕事じゃなく生活の心配をされてしまった。あんまりだスクアーロ、0.1でも生活はできる!(残念ながら仕事は無理だろうけど。)
と、部屋の扉が開いて、ボスが入ってきた。さっさと席に着いて脚をテーブルの上に乗せたところで、こちらに気づいて変な顔をする。
「・・・何やってんだカス」
「の視力が0.1しかねーんだと」
「で?」
「すごいぜこの眼鏡、世界が歪むぜぇ」
「・・・」
むしろ世界が歪んでいるのは私のほうなんだけどな。スクアーロの馬鹿発言にボスは心底呆れた様子で、それ以上話そうとはしなかった。あ、レヴィがちょっとほくそ笑んでる。
「、さんきゅ」
「あ、うん」
そう言って眼鏡を外すから、私は受け取ろうと思って手を差し出そうとするのに。
「・・・」
ご丁寧にまたスクアーロの手で掛けなおされて、ようやく視界がクリアになる。しかも機嫌のよさそうな笑みを口元に浮かべたまま前髪まで整えられて、今度こそ脈が速くなるのを抑えられない。何故だ、どうしてそんな仕草をさらりとやってのけるんだ!
会議が終わってから、とんとん、とルッスーリアに肩をつつかれた。振り返るとそれはそれは楽しそうな顔をしていて。
「恋愛相談なら、いつでも乗ってあ・げ・る」
ちゅ、と投げキッスを送られる。ルッスーリアに気づかれているということは、ベルも、マーモンも、ボスも気づいているかも知れない。知らないのはおそらくレヴィと、幸か不幸かスクアーロご本人。
昼からはコンタクトを貰いに行こうか、それともルッスーリアの部屋へ行こうか。・・・いや、スクアーロの伊達眼鏡を買いに行くのもいいかも知れない。