六月の花嫁

今のように幹部の皆さんと親しくなれたのは、秘書になって1年ほど経った頃。中でも一番話してくれるようになったのがスクアーロさんだった。任務中は外見どおりの彼だけど、普段は結構優しかったりして、憧れが恋に変わるのにそう時間はかからなかった。

あの日は談話室で隊長、スクアーロさん、ベルさんがポーカーをしていて、私は彼らにそれぞれの好きな飲み物やお菓子を用意しながら勝負の行方を見守っていた。

ベルさんの3杯目のアイスティーを淹れて談話室に戻ると、ちょうどまた1ゲーム終わったところだった。両腕を高々と上げて連勝を喜んでいたベルさんは、グラスをトレーに乗せて持ってきた私に気付くなり、軽い身のこなしでソファーを飛び越えてきた。

「ししっ、あいつら弱すぎて話になんないよ」

馬鹿にしたような口調で言われ、見事に負け続けた隊長とスクアーロさんは言い返せずに悔しそうだ。暗殺部隊の屋敷の一室にしてはあまりに平穏な光景。思わず笑ってしまいながらグラスを手渡すと、ベルさんは一口飲んで美味い、と満足気に笑ってくれた。

「そーだ、いいこと教えてやるよ」

ニッと白い歯を見せるベルさん。何ですか?と尋ねてみると、彼はとんでもないことを言いだした。

「スクアーロの奴、お前が来てから女のニオイさせなくなったんだぜ」

「・・・・・・・・・」

一瞬意味が分からなくて、でもすぐに一つの仮説に辿り着いて、それが信じられなくて私は固まってしまった。それまでニオイさせてたんだ!・・・って、そこじゃなくて。私が来てから、って、・・・そういうこと?

「う゛お゛ぉい、何言ってんだてめぇ!」

慌ててスクアーロさんがベルさんの口を塞ごうとソファーを飛び越えてきたけど、あっさり躱されてしまう。スクアーロさんが睨み付けると、ベルさんはその肩に手を置き力をこめて屈ませ、何事か耳打ちした。

レヴィだけが敵じゃないんだぜ?

何を言ったのか私には聞こえなかったけど、一瞬、スクアーロさんも私のように固まったのが分かった。

その後ベルさんはさっさと談話室を出ていってしまって、扉が閉まると同時に談話室は静まり返った。あれほどの気まずさはなかなか味わえるものじゃない。ちら、と様子を伺うと、二人とも何とも言い難い表情だった。

「・・・

沈黙を破ったのはスクアーロさんが私を呼ぶ声。あんまり低い声だったから思わずびくりとしてしまった。見上げると目が合って、と思ったら逸らされて、スクアーロさんはあ゛ーとかん゛ーとか唸りながらがしがしと頭を掻いた。顔が赤かったのはきっと、気のせいじゃない。

「・・・さっきの、だけどよぉ・・・」

さっきの、がベルさんの一言だっていうのはすぐ分かった。スクアーロさんはすごく言い辛そうにしていたけど、大事なことを言おうとしていたのは確かで、私はじっと続きを待った。目を泳がせながら言葉を探しているらしいスクアーロさんにどうしても期待が抑えられなくて、きっと私も顔が赤くなっていたんじゃないかと思う。心臓もどきどきと早くなってきた。

やがてスクアーロさんは再び私と目を合わせた。ちょっと困ったような、照れたような顔をして。

「・・・好きだ」

まさかいきなりそう言われるとは思わなくて、持っていたトレーが手から滑り落ちた。

思えば彼のあんな顔を見たのはあれ一度きりかもしれない。付き合いだしてからというもの彼はすっかり傲慢で、お前俺に惚れてんだろ?って態度で接してくるから(全く否定できないのが悲しいところ!)、照れた顔なんてお目にかかる機会はなかった。───今日までは。

第二話:二年前の告白

(2007.06.13) レヴィが後ろでコーヒーを噴いていたことはヒロインの記憶には残っていません。