六月の花嫁

その日はいつものように書類整理のお手伝いをしていた。部屋には私が煎れたコーヒーの薫りが満ちていて、私たちはただ黙々と仕事をこなしている、いつもと変わらない昼下がり。けれど一つだけ違ったのは、隊長が思い詰めたような表情をしていることだった。

「どうかしたんですか?」

心配になって尋ねてみるけど、返事はない。ますます心配になった私は席を立ち、じっと手元を見つめて動かない隊長の顔を覗き込んでみた。その途端、勢い良く顔を上げた隊長の手が伸びてきて、突然がしっと腕を掴まれた。びっくりして体を引きそうになったけど、隊長の力が強くて叶わない。

・・・」

隊長の厚い唇が私の名を紡ぐ。あの真っすぐな目で見つめられるとドキドキしてきて、・・・もしあのとき告白されていたら、私はうっかり頷いていたかもしれない。けど、隊長の口から出た言葉は予想外のものだった。

、俺の・・・、俺の秘書になってくれ・・・!」

「─────・・・はぁ?」

それが3年前、私が“雷撃隊の一人”から“隊長秘書”になった日のこと。

隊長は秘書となった私をいつも傍に置いてくれた。任務のときはもちろん、談話室へ顔を出すときでさえも。

今でこそ彼らとは親しくさせてもらっているけれど、あの頃の私にとって幹部の皆さんやボスは会話を交わすような対象ではなくて、初めはとても緊張したのを覚えている。自慢げに私を従えてくる隊長の姿から、初めの数日は私はレヴィ隊長の女だと認識されていたようだけど、察しの良い彼らだからすぐに誤解だと気付いてくれた。

そんなある日、書類の束を抱えて廊下を歩いていると、前からスクアーロさんが歩いてきた。任務帰りらしくコートに血を浴びている。それまでに何度か任務で派手に刀を振るう彼を見たことがあったけど、私はそのたびに目を奪われていた。嬉々として血の雨を降らす彼の姿はしっかり目に焼きついている。流れる銀糸、鋭く吊り上がった目尻と口元、細身の体から放たれる凄まじい斬撃。ただ、とにかく格好良いと、そう思っていた。憧れの存在だった。

「おかえりなさい」

声を掛けると、スクアーロさんはちょっとびっくりした顔をしたけど、すぐにニッと笑ってくれた。言ってしまってから「おかえりなさい」は違ったなと思ったけど、そんなに気にされなかったようだ。

「よぉ゛。レヴィんとこは書類が多くて大変だろぉ」

「そうなんですよー。真面目な人が多いから、書類もいちいち量が増えちゃって」

今までも書類の手伝いはしていたけれど、正式に秘書となってからは明らかに私のこなす書類の量が増えた。そうして気付いたことは、他の部隊より格段に量が多いということだ。類は友を呼ぶ、というやつだろうか、個性的な面々が揃うヴァリアーの中でも、雷撃隊には隊長に似て真面目な人が多い。きっとそのせいだ。

ご苦労さん、と言いながらスクアーロさんは血の付いた手袋を外すと、擦れ違いざまに私の肩に手を置いた。

「あいつが嫌んなったら、俺んとこ来てもいいぜぇ」

じゃあなぁ、と、悪戯っぽい笑みを浮かべてスクアーロさんは歩いていった。そのときは何も考えずに「ありがとうございます」と見送ったけれど。・・・まさかこんな形で彼のところへ行くことになるなんて、あの頃、私は夢にも思わなかった。

第一話:三年前の出会い

(2007.06.06) レヴィ夢ではありません。