世の中にいくらたくさん人がいたって、ヴァリアーの屋敷に遠慮なく見合い写真なんか送ってくるのはお父さんくらいだ───!

厳重なチェックを通過して届けられた郵便物を手に、は恥ずかしさと情けなさと怒りでいっぱいだった。初めてならまだ許せた。しかしこれは何通目だ?確か1通目は即電話して結婚なんかする気は無いと言った。2通目は即電話してやめて下さいとお願いした。3通目と4通目は即電話してやめろと言った。5通目からは黙って燃えるゴミに出した。そうしたら送られてくる間隔が短くなった。早く結婚しろとはずっと以前から言われていたことではあるが、ここまでくると嫌がらせとしか思えない。

(知ってる!?これ何通届くか賭けの対象になってるの知ってるお父さん!?)

さすがの父親は一味違うね、なんてマーモンに言われたのはいつのことだったか。気付けばベルが「この調子だと50は越える」などと言い出し、「なら僕は50以下だ」と応じたマーモンがSランク2回分の報酬を賭けていた。ちなみに今のところ50は越えていない、が。

(そんなの越えてたまるか・・・!)

当然マーモンを勝たせたいとかそういう話ではない。そもそもこんな郵便物が届くなんて、そしてそれをチェックする人間に毎回見られているだなんて、仮にもヴァリアー幹部としてののプライドが許さないのだ。何とか、何とか送るのをやめさせられないものか。はっきり恋人がいると言ってしまえばいいのか。言えば間違いなく父親は会いたいと言い出すだろう。会えばあの父親のことだ、次の言葉は容易に想像できる。結婚はいつだ、だ。

(スクアーロ、・・・困るだろうなぁ)

付き合いは決して短くないが、結婚なんて考えたことも無い。今までそんな話をしたこともない。結婚するということは、家庭を築くということ。愛されている自信はあるが結婚となれば話は別だ。彼はそんなものに縛られるのをきっと嫌がるだろう。・・・自分たちは、ただ、別れる時が来るまで一緒にいられればいいのだ。

どうしたものかとしばらく考えたは、ふと思いついた。写真など送る気が起きないように、見合いなんか二度とさせたくないようにしてしまおう。見合い途中で逃げ出せばいい?それとも相手をぶん殴ってからのほうがいい?そんな事を考えながら、今にもごみ箱に捨てようとしていた写真を開いてみた。いかにも金持ちのお坊ちゃん、といった風の男が偉そうな顔で写っている。

(・・・うん、こいつなら別に気の毒でも何でもないし)

気の毒どころか、よく標的として仕留めてきたタイプの人間だと判断したは、その男を利用させていただくことにした。

「─────・・・というわけでボス、休暇を下さい」

見合いをするから休暇をくれ。そんな突然の部下の申し出に、ザンザスはぶはっと盛大に笑った。

「てめぇが見合いか!面白ぇ!」

「ちっとも面白くないですよ!私もう限界なんです、あの写真攻撃」

ザンザスは手元のファイルを開く。から中身はよく見えないが、おそらくスケジュール表だろう。ざっと確認して何事か書き込むと、片手でパタンと閉じた。

「1週間だ。ダンナ連れて戻るんじゃねぇぞ?」

「冗談!帰りは一人です!」

そうしてザンザスの許可を得たは、翌朝一番に日本へ発った。

・・・がいない。任務から戻ったスクアーロは、屋敷にの気配が無いのを感じていた。

(あいつ確かオフだっつってたよなぁ・・・?)

久しぶりに出掛けようかと思っていたのに、と思いながら自室へ向かう途中、談話室がやけに賑わっているのに気付いて立ち止まる。ドアを開けてみると、そこにはを除く全員が揃っていた。

「あら、スクアーロじゃない!いいところに来たわ!」

丸いテーブルを囲むようにして座っているのがルッスーリア、ベル、マーモン、レヴィ。ザンザスは少し離れた暖炉の前で、新聞を読みながらロッキングチェアに揺られている。ルッスーリアの手招きに誘われて中へ入ると、テーブルの中心にあるのはどうやら写真のようだ。

「・・・次の標的かぁ?」

何気ないスクアーロの問いに、テーブルの3人とザンザスが一斉に含みのある笑みを浮かべた。マーモンが、表情を変えないまま簡潔に答えを述べる。

の見合い相手だってさ」

「・・・・・・・・・」

スクアーロの時が止まった。見事に固まった彼を笑い飛ばすベルをルッスーリアがたしなめたが、彼も顔は随分と楽しそうに笑っている。レヴィはふん、と馬鹿にしたような顔をしたが、それにすら何の反応も返せないほどスクアーロは固まっていた。やがて、ゆっくりと口が開く。

「・・・・・・・・・、今どこだ」

「何、まさか追いかけちゃうわけ?」

「どこだって聞いてんだぁ」

「日本に帰ってるに決まってんじゃん」

その瞬間スクアーロは談話室を飛び出していた。日本へ行く、そうしてを連れ戻す。それしか頭に無かった。

「・・・いいの?ボス。行かせちゃって」

「てめぇらだって楽しんでたろ」

新聞を閉じて立ち上がったザンザスが口元を吊り上げる。

「あーあ、おかげで俺、賭けに負けちゃったんだけど」

「振込みよろしくね」

ぐったりとテーブルにうつ伏せたベルの頭の上から容赦なくマーモンが告げる。そんなベルの頭の上に次の任務に関する書類を落とし、ザンザスは談話室を出て行った。それを見ていて嫉妬をあらわにしたレヴィに、ベルは笑って殺気を返す。

「うしし、ボスやっさしー」

あぁ、いつ飛び出せばいいんだろう。

は抜け出すタイミングを計りかねていた。相手と話している途中であれば適当に難癖つけて抜け出すこともできるのだが、困ったことに当人たちよりも親の方が盛り上がっている。どうやらお互いに早くまとめてしまいたいらしい。今黙って飛び出してもいいが、それではまた連れ戻される恐れがある。出来るだけ、二度と見合いの場になんて出されないような酷い逃げ方をしなければならない。だからって黙ってる相手を急に殴り飛ばすのもなぁ、と相手の様子を窺うと、満更でもない様子で見つめ返された。

(うわっ、最悪だ・・・!)

は慌てて目を逸らした。この場で消極的なのはだけのようだ。早く手を打たないとややこしいことになる!はこの動きにくい着物姿で可能な限り派手にこの場を荒らしてから逃げ出す計画を立て始めた。まずはそうだ、食事の並んだテーブルをひっくり返してしまおう。それから、それから・・・。

パァン!と音がして、和室の襖が勢いよく開いた。室内の全員が一斉にそちらへ顔を向け、見知らぬ乱入者に眉をひそめるが、は驚きに大きく目を見開いた。

「─────・・・な、」

突然現れた銀髪の男はずかずかと部屋に入ってくると、驚くの手を右手でしっかりと掴んで引っ張り上げ、その勢いで立ち上がらせる。

「おい、何だ貴様・・・!」

の向かいに座っていた見合い相手の男が果敢にも立ち上がり、スクアーロに向かって手を伸ばした。しかしそれをあっさりと義手で叩き落としたスクアーロは、よろけた男の胸倉をその手で掴んだ。同時に放たれた鋭利な殺気に男が声にならない悲鳴を上げる。親たちも圧倒されて動けないようだ。しかしスクアーロは親たちなど見えていない様子で、義手の先にある男の顔を睨みつける。

「・・・死にたくなきゃあ、喧嘩の相手は選べよぉ」

ぱっと手を離すと男はその場に崩れ落ちた。

「ちょっ・・・」

「黙ってろぉ」

とは目も合わせずに、スクアーロは右手をぐっと引いた。そのまま引っ張られて、は予想外の形で部屋を抜け出すこととなった。

「痛い、痛いってば、・・・スク─────っ!」

しばらく廊下を歩いたところで急に足を止めたスクアーロは、の体を壁に押し付けた。囲うように両腕を付いて、今度は真っ直ぐにの目を見る。帯のせいで背中が壁についていないのでその分顔が近い。は帯がクッションになったものの、衝撃に一瞬顔を歪め、そうして間近に迫ったスクアーロを恐る恐る見上げた。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・何考えてんだよ、

。名前を呼んだ途端、鋭かったスクアーロの目つきが急に穏やかになる。・・・いや、穏やかというよりは弱々しい、悲しそうな目だ。

「・・・見合い、勧められてたのは知ってる。嫌がってたのも知ってた。どうせ本気じゃねぇことも分かってる」

「・・・・・・・・・」

「けどよぉ、俺に黙ってするこたぁねぇだろぉ?」

「・・・ごめん、なさい」

ぽつり、呟いたをスクアーロはきつく抱きしめる。帯で背中に腕を回せないので、頭をしっかりと抱き込むような形になった。

「もういい。それよりあの男、殺してやりてぇ」

「・・・だめだよ」

「少しでもと結婚なんて夢見やがったことが許せねぇ」

「・・・」

(夢。・・・スクアーロは、私との結婚を「夢見る」なんて言ってくれるの?)

が顔を上げると、スクアーロは困ったように笑った。

「心臓に悪ぃんだぜぇ。・・・もうすんなよぉ?」

「・・・うん」

肯くと、スクアーロの大きな手がの頭を撫でた。

!」

「・・・!お父さん!」

現れたのはの父だった。が慌ててスクアーロから離れようとするより早く、スクアーロがそっとを離した。

「・・・お義父さん、か」

「はっ!?ちょ、待ってスク・・・」

の父が訝しげに、娘の隣に立つ銀髪の男を見遣る。挨拶は必要だろぉ、そう呟いたスクアーロはにいつもの不敵な笑みを見せてから、すっと真剣な表情になって父親に向き直った。

幸せまであと5秒

を俺に下さい」

間もなくスクアーロの口からそんな言葉が飛び出すのを、誰にも止めることは出来なかった。

(2007.04.19) ボス、ダンナを連れて戻ることになりました。