辺りは夕焼けに染まり、部活中の生徒の声が聞こえてくる。そんな放課後の教室には、綱吉と獄寺、リボーン、京子、そしての5人が残っていた。

「いつまでやってんだダメツナ。あと5分で片付けろ」

「俺がついてます!!頑張って下さい10代目!!」

「もう無理だよぉーっ!」

頭を抱える綱吉の前には今朝提出するはずだった数学のプリントがほとんど空欄の状態で残っていた。提出するまで帰らせない、とは数学教師ではなく家庭教師の言葉である。

愛銃を構えたリボーンは赤ん坊らしからぬ凄みを持った笑みを浮かべ、獄寺は何か妙な電波でも放っていそうな眼差しを綱吉に向けている(もちろん彼は必死で綱吉を応援しているのだ)。そして隣の京子とは、一緒に帰ろうと約束していた綱吉を応援しつつ待っている。どこにも逃げ場の無い綱吉は半泣きになりながらシャーペンを握った。

とはいっても、昨晩片付けられなかったものが放課後の5分で終えられるはずがない。解けずに死ぬ気弾を撃たれるのならまだいいが、この家庭教師、こういう状況では容赦無く実弾を撃ってくる確率が圧倒的に高いのだ。・・・と、そこへ追い打ちをかけるように、今最も聞きたくない声が綱吉の耳に届いた。

「ガハハ!リボーン覚悟ー!」

教室に現れたのは刺客・・・だったはずの沢田家の居候だ。物騒なその子供は、その体には大きすぎるほどのバズーカを抱えて走ってきた。

「ランボ!勝手に入って来んなよーっ!」

「10代目の邪魔すんなアホ牛!」

しかしランボの狙いはリボーン一人である。泣きそうな綱吉などあっさり無視をして真っすぐにリボーンへと突っ込んできたが、

「うぜぇ」

「ぐぴゃ!」

見事にリボーンの返り討ちに遭い、後ろの壁まで吹き飛ばされる。途端、軽い爆発音が聞こえた。弾みでバズーカが暴発したのだ。こっちに飛んでくる、全員がそう気付いたが、反射的に避けられたのは日頃から鍛えられているリボーンと獄寺、綱吉だけだった。ひゅるるるる、と打ち上がった弾が、弧を描くように落ちてくる。落下点は───・・・

「危ないちゃん!」

綱吉が叫び、を庇おうと飛び出しかける。しかし勢い良く落ちてくる弾には間に合わず、は為す術もなくぎゅっと目をつぶった。

次に目を開けた時、は全く知らない部屋の真ん中に一人で立っていた。まるで映画で見たような豪華な部屋だ。あまりに現実味が無いせいか、何か違和感のようなものを感じた。

目の前には大きなデスクがあり、その上には何かの書類だろうか、紙が数枚広げてある。その向こうにはバルコニーに通じるらしいガラス扉があり、両端にはワインレッドのカーテンが纏められている。はくるりと後ろを振り返ってみた。壁際にはいくつか棚が並び、本やファイルが詰まっていたり、酒類と思われるボトルやグラスが納まっていたりする。全体的に生活感は薄く、まるで社長のような偉い人の仕事部屋といった印象を受けた。

落ち着かず辺りを見回していたは、ふと違和感の正体に気が付き始めた。この部屋には一つとしての読める文字、つまり日本語が無いのだ。ボトルのラベルはまだいいとして、デスクの書類も本棚に並ぶ本のタイトルも、よく見れば全て知らない言葉で書かれている。ということは、ここは外国?

ランボのバズーカが撃たれた相手を10年後と入れ替えるものだとは知っている。ここが未来の自分の居る場所だということは間違いない。けれど、ここがどこなのか、こんな部屋で未来の自分は何をしているのか、にはさっぱり見当もつかない。5分で元の世界に戻れるとはいえ、このままでは不安が残ってしまう・・・。

ちょうどそこへ人の声がした。呼び掛けるような感じだとは思ったが、何と言ったのかは分からなかった。低くて大きな声。おそらく流暢な外国語。誰か来たのだろうか?そう思ったとき、重そうな部屋の扉が豪快に開けられた。

『ったく、人使いが荒すぎるぜボスさんはよぉ』

全く理解できない言葉で何か言いながら(はなんだか愚痴をこぼしているようだと感じた)入ってきた人物は、呆然と立ち尽くす少女を見てはたと喋るのをやめた。

それは銀の髪を腰まで垂らした男だった。肌は白く、瞳もグレーに近い。きゅっと吊り上がった眉が気の強そうな印象を与えるが、一言で言って美人だった(男に対して美人という表現はおかしいかも知れないが、にはその言葉しか思いつかなかった)。

男は後ろ手に扉を閉めながら驚いた様子でを見ていたが、その顔があまりに戸惑いを浮かべていたからだろうか、ふっと目を細めて笑みを浮かべた。

「・・・10年前の、だなぁ」

今度は流暢な日本語だった。てっきり外国に飛ばされたと思っていたは、男の言葉があまりに自然に耳に入ってきたことに驚いた。そして同時にますます分からなくなる。やはり、ここは日本だったのだろうか?

困惑するをよそに、男は目の前まで歩み寄ってきた。随分と長身である。真上を向くようにして見上げると、男の右手がすっと持ち上がり、優しく髪を梳かれた。途端、どきりと思い切り心臓が跳ねた。初対面の、それもこんな美形の男性に触れられるなど、まだ中学生のには初めての経験だったのだ。

「まだ俺と会ってねえ頃かぁ」

「・・・そう、だと、思います」

しどろもどろのに男は可笑しそうに顔を歪めた。その表情に、やけに親しみというか、愛情のようなものを感じるのは何故だろう。もしかして恋人かと考えたが、こんな綺麗な人が私なんか相手にしてくれるはずがない、と一瞬で打ち消した。

髪を梳いていた手が、今度はくしゃりと頭を撫でる。そうして男は楽しげに口元をつりあげて見せた。

「期待して待ってろ。もうすぐ忘れられねえ出会いがあるぜぇ」

数日後、は男の言葉の意味を知ることになる。

「う゛お゛ぉい!!!」

綱吉たちと出掛けた先で、街に響いた突然の轟音と、空から降ってきた小柄な少年。そして、その少年を追ってきた銀髪の剣士。

「あの人だ・・・!」

バズーカに飛ばされた先で出会った彼とは雰囲気がかなり違ったが、それでもすぐに同一人物だと分かった。あの髪と顔立ちを間違えるわけがないのだ。

思わず呟いたに男は見向きもしない。リボーンに連れられてその場を去りながら、それでもは何度も振り返って男の姿を目に焼き付けた。敵として現れた男とどうして未来で一緒に居たのかは分からないが、確かに彼の言ったとおり、忘れられない出会いだと思った。

そこにいるのが10年後に結婚を誓う相手だとは、お互い、知る由もなく。

ファーストコンタクト

(2008.07.08) 年の差8歳。私的には美味しく頂けます。