毎年二人で密やかに祝っていた誕生日。は今年それを一人で迎えた。いつもなら一緒にいてくれるはずの彼は、今や復讐者の牢獄の中だ。

小さなケーキにロウソクを2本立て、ライターで火をつける。自分の分と彼の分、1本ずつだ。部屋の電気を消すと、火は揺らめいてケーキを照らした。

「・・・おめでと、骸」

おめでとうございます、。そう言って目を細める去年の骸の姿が目に浮かぶ。ふっと息を吹き掛けると、火は斜めに大きく揺らいで消えた。部屋には窓からの街の明かりが差すのみだ。

は薄闇の中、白く浮かび上がるケーキを見つめる。去年はもっと大きくて、二人では食べきれなくて、翌日犬と千種にお裾分けしたのだ。来年は俺らも呼んで下さいよ骸さん!そう叫んでいた犬も千種も、今年はいない。

・・・食べる気がしない。ロウソクを引き抜いたケーキを冷蔵庫にしまい、は寝室に入った。ひやりとしたシーツの上に倒れこむように横になり、ベッドの脇に置いた写真立てへと手を伸ばす。映っているのはつまらなそうな顔の千種と、その肩を抱いて歯を見せて笑う犬、それから微笑みを浮かべた骸と

「・・・会いたいよ」

千種に、犬に、・・・骸に。ぼろぼろと涙が零れ落ちるのを止めることもなく目を閉じたは、そのまま吸い込まれるように眠りに落ちた。

「・・・おやおや、は随分と早く寝るようになりましたね」

男の声は眠るには届かない。苦笑しながら男はの耳に口を寄せた。ふと乾いた涙の跡に気付き、そっと親指でなぞりながら、まだ10時ですよ、と囁く。それでも反応を示さないので、今度は、と何度か呼び掛けると、ようやく重い瞼が開いた。

「ん・・・」

ゆるやかに開きかけた目が、数回のまばたきの後に大きく開き、自分を上から覗き込んでくる男の顔をじっと見つめた。

「こんばんは、

薄闇の中、おぼろに浮かんでいた像がその声でクリアになる。男が誰かを認識すると同時、の脳は一気に覚醒した。

「・・・むく、ろ?」

「ええ。お久しぶりです」

にこり、記憶にあるのと変わらない微笑みがそこにあった。これは夢?幻覚を見せられているの?目覚めたの脳はしかし現実を拒む。彼がここにいるはずがないのだ。復讐者の牢獄から出られるわけがない───。

ふと骸の手がの手元から何かを抜き取っていった。抜き取ったものを見て、骸は目を細める。

「・・・すみません、寂しい思いをさせましたね」

それはが手にしたまま眠ってしまっていた写真だった。写真を抱いて眠っていたと知られた恥ずかしさは意識に上る前に消えていく。胸が締め付けられるように苦しくなり、次の瞬間には視界が水の膜に覆われた。大粒の涙が1滴落ちる。それを見て困ったように笑い、ベッドに片膝を乗せ、身を屈めて腕を伸ばしてきた骸に、は迷わずしがみついた。首筋に顔を埋めると骸の匂いがして、ますます溢れだす涙を止められず、ぎゅっと顔を押しつける。

「・・・少し、痩せましたね」

独り言のような声がして、背中に回された骸の腕に力が籠もった。

「・・・なんで、いるの」

涙もおさまり、ベッドの上にぺたりと座り込んだは、隣に腰を下ろした骸に尋ねた。

「おや、今日は何の日かお忘れですか?」

「そういうこと聞いてるんじゃない!」

「フフ、・・・心配はいりません。逃げおおせてみせますよ」

骸はあっさりと脱獄を肯定した。復讐者の牢獄から脱獄するなど正気の沙汰ではない。きっと想像以上に厳しい追っ手がくることだろう。付いていくことはできない。足手纏いにはなりたくないから。───また、会えなくなる・・・。はきゅっと唇を噛み締めた。

「・・・そんな顔、しないで下さい。今日は僕たちの誕生日ですよ?」

骸の両手がの頬を包み込む。くい、と持ち上げられて二人の視線が重なった。

「おめでとうございます、。・・・笑って下さい。貴女の笑顔が見たい」

柔らかい表情の骸につられても自然に笑みが浮かんだ。

「・・・おめでとう、骸」

優しいキスが額に、瞼にと落ちてくる。

「約束します。来年もこうして二人で祝うと」

「ん・・・」

キスのくすぐったさに目を閉じていると、最後に唇に押しあてられた。

「─────・・・迎えに来ます、必ず」

その言葉にはっとしてが目を開くが、それより一瞬早く、骸は姿を消してしまった。ひやりと冷気を感じて、その時ようやく窓が開いていたことに気付き、はそこから外を眺める。しかし暗闇の中、もう骸の姿はどこにも見えなかった。

「・・・約束、したからね、骸」

呟きに答えるように、風はの髪を撫でていった。

白いカーテンが舞い上がる。
あと、何時間?

(あとどれだけ待てば、私から貴方を隠す闇は消える?)

Thanks:説明長文お題
(2007.06.09) Buon compleanno!骸大好きな6月9日生まれの友人に捧ぐ。