さすがの骸もこの展開は予想外だった。
足元の覚束ない恋人を肩を抱いて支えながら、寝室まで何とか歩かせて、やれやれとベッドに座らせる。抱き上げて運べばよかったのだろうけれど、酔ってなんかいないと主張する彼女がそれを許さなかったのだ。
「まったく・・・そんな酔い方をするとは知りませんでしたよ、」
「よってないぃー」
そう言いながらもごろりと仰向けになるあたり、普段のの様子から考えても泥酔しているとしか思えない。こんな風になると知っていたらあんなに飲ませたりしなかったのにと、申し訳ないような気持ちになりながら骸はベッドに腰を下ろした。
先月のことだ。いつもなかなか会ってやれないから、誕生日のお祝いをさせてほしいと遠慮がちに連絡が入った。きっと忙しい骸のことを考えて早めに連絡してきたのだろう。それはつまり、それだけ早くから彼の誕生日のことを意識していたということで、嬉しくなった骸はすぐにその日を空けておくと返事した。本当はそんな先の約束をする余裕など無かったけれど、それでも骸は嬉々としてそれからの仕事をこなしたし、犬や千種の協力もあって、何とか今日1日空けることが出来たのだ。
少し会わないうちには酒が飲めるようになっていたらしい。心底嬉しそうな顔で骸の家を訪ねた彼女は、自分で焼いたケーキとワインを持ってきた。自分の知らないうちに彼女が変わってしまったことは少し寂しかったけれど、ずっと苦手だからと言って酒を飲まなかった恋人とワインを傾けることができるのは、これからの新しい楽しみにもなった。アルコールが回る頃には頬がほんのり赤く染まって、目がとろりとして、それはそれは可愛いのだろうと骸は思った。ふっくらとしたケーキを取り分けて、ワインのコルクを抜く。さて、はどれくらい飲めるのだろう。楽しみにしながら、骸は赤いワインをグラスに注いだ。
顔色一つ変えずに飲み続けるものだから、意外と強いのだと思いこんでしまったのだ。会話がかみ合わなくなり始めたと思ったら、呂律が回らなくなってきて、そうしてやっと飲ませすぎていることに気がついた。
「顔に出ないんですね、あなたは」
頬を染めて「酔っちゃったかも」なんて可愛い台詞が出てくるのを期待していたのですが、とは言わずに心の中に留めておく。すると、の手がおもむろに、腰の辺りまで伸びた骸の髪を軽く掴んで引っ張った。
「何です?」
「むくろも」
「はい?」
問いには答えずに、はもぞもぞとベッドの壁際に身を寄せて隣にスペースを作った。骸も、一緒に横になれと言いたいらしい。彼女にしては大胆な行動だが、これも酔ったせいだろうか。こういうのは悪くないなと、骸はその指示に従うことにした。ジャケットを脱いで床に落とし、邪魔なネクタイも外して、いそいそとベッドに足を乗せる。横になったついでとばかりに枕を奪い取り、代わりに自分の腕を彼女の頭の下に差し入れた。は文句一つ言わずに、それどころか甘えるようにくっついてきた。
「おや珍しい」
思わず骸の表情が緩んだ。いつもなら恥ずかしがって身をよじらせるというのに、酒が入ると甘えん坊になるのだろうか。それとも自制心が弱くなるのだろうか。どちらにせよ可愛いものだ。は少し気を遣いすぎるところがあるから、もっと我侭を言ったり甘えたりしてほしいと前から思っていた。もっとも、そういう奥ゆかしさがいじらしくてたまらないのだけれど。
「むくろ」
「何ですか?」
「あしたもしごとなの?」
「そうですねぇー・・・」
腕に抱いたの顔を見る。ごく至近距離で、僅かに潤んだ瞳が見つめてくる。まるでいつかCMで見た愛らしい子犬のように。本当は明日からまたイタリアに行くつもりでいたが、口は違うことを言っていた。
「明日も休みにしましょうか。バースデー休暇、ということで」
「ほんと?」
「ええ。僕が貴女に嘘を吐いたことがありますか?」
「うぅん、ない!」
骸の答えには嬉しそうに笑って、ぎゅうと骸の胸にしがみついてきた。その後頭部に手を回し、うなじのあたりを柔らかく撫でてやる。いつも寂しい思いをさせているのだから、これくらい甘やかしたって罰は当たらないはずだ。怒る犬や呆れる千種の様子が目に浮かぶようだが、酒で豹変したの珍しい甘えぶりには敵わない。
「だいすき」
「ええ、僕も大好きですよ」
「あいしてる」
思わぬ言葉に心臓が跳ねた。彼女の口からさらりとそんな言葉が出るとは───。
「僕も、愛していますよ、」
素敵なプレゼントを、どうもありがとうございます。
次のの誕生日にはとびきりのワインを土産に彼女の家を訪ねよう。そう心に決めて、腕の中の体をきつく抱き締めた。