その日、レヴィ・ア・タンはいつになく上機嫌だった。
朝からベルに”プレゼント”と称して賞味期限の切れたスナック菓子を押し付けられた事も、ルッスーリアに変な香水(それは高級品なのだが彼の鼻には合わなかったようだ)を振り掛けられた事も、今や彼にはどうでも良かった。何故なら、つい先ほどザンザスの執務室に呼び出され、彼の敬愛するザンザス本人の手からプレゼントを戴いてしまったのだから。
彼は薄い正方形の箱をしっかり抱きかかえ、意気揚々と自室に戻った。中身は知っている。新しいコートだ。物持ちの良すぎるレヴィがいつまでも同じコートを着続けているので、たまには新しいものに替えたらどうだ、と珍しくザンザスが気を回してのことだった(逆に言えば、あのザンザスが気に掛けるほどずっと同じものを着ていたことになる。もちろん手持ちの数着を着回していたのであって、毎日全く同じものというわけではない)。
彼はその大切な箱を、そっとクローゼットの奥にしまい込んだ。ザンザスに貰った服には血はおろかホコリの一つも付けたくはなかったからだ。しかしだからといってまた同じ服を着回すこともできず、新しいものは改めて自分で用意することにした。
ぱたりとクローゼットの扉を閉めて、レヴィは鼻息荒く振り返った。・・・と、テーブルの上に見慣れないものがある。ついさっきまではザンザスからのプレゼントに気を取られて気付かなかったが、リボンの掛かった大きめの箱だ。執務室に向かうため部屋を出たときには無かったもの。ということは、部屋を空けている間に誰かが置いていったのだろうか?
赤いリボンには二つ折りの小さなカードが挟み込まれていた。どう見たってプレゼントである。一体誰が?どきどきするレヴィの気持ちは、あしながおじさんに対する少女ジュディのそれに近かった。そっとカードを抜き取る。厚手の白い紙をゆっくりと開くと、淡い色彩で描かれた薔薇の縁取りの中にメッセージがあった。
レヴィへ
お誕生日おめでとう!
この前任務で助けてもらったお礼も込めて、ケーキを焼きました。
雷撃隊のみんなと一緒に食べてください。
の手作りケーキ!その事実がレヴィの胸を高鳴らせる。彼女の手料理など滅多に食べる機会が無いのだ。せいぜい泊り掛けの任務が一緒になった時、気が向いたら作ってくれるくらいのもの。しかしレヴィは知っている。その手料理がどれほど美味しいか!
勿体無い思いすら感じながらリボンを解き、上から被せてある蓋を持ち上げる。現れたのは美味しそうなシフォンケーキだ。明らかに一人分のサイズではなかったが、そんなことに気付く余裕はとっくに無い。
(これを、が俺のために・・・!)
感極まったレヴィはごくりと喉を鳴らしながらケーキを見つめた。もはやカードに「雷撃隊のみんなと一緒に食べてください」などと書かれていたことは彼の記憶から抹消されている。普段は誰より部下思いのレヴィだが、今回ばかりは状況が違った。
さて、とレヴィは蓋を閉める。ザンザスからのプレゼントに加えの手作りケーキまでも手にした彼の頭は若干ネジが飛んでいた。このケーキ、このままの形で残しておきたい。無理な相談である。しかしレヴィはまた丁寧にリボンを掛け直すと、何を思ったか再びクローゼットの扉を開けた。・・・そう、コートと同じようにホコリ一つ付けずに残しておきたいのだ。そっと、静かに、箱を奥へ。
「・・・お前、バカじゃね?」
「ぬおぉっ!?」
突然背後から声を掛けられ、レヴィは慌てて振り返った。そこにはすっかり呆れた様子のベルが立っている。目が隠れているため表情は読み取りづらいが、それでも全身が「お口あんぐり」と語っているような立ち姿だ。
「貴様、勝手に入ってくるな!」
「がケーキ焼いてたからさー、どうせお前のだろーと思って貰いに来たんだけど。まさかクローゼットとはねー・・・」
ベルは怒鳴るレヴィなどまるで無視をして、さっさと踵を返した。どうやら部屋から出て行くらしい。ケーキをねだる気も削がれるほど呆れた、ということだろうか。
「せめて冷蔵庫にしとけよ?」
「・・・!!」
ベルのおかげでやや正気を取り戻したレヴィはそれから、新しいコートを調達するついでにカメラを購入した。ようやくケーキを食べるのはフィルムを十数本使い切った後のことである。