甲高い音を立てて夜空を昇っていく小さな光。一瞬の後、大きな破裂音とともに開く大輪の花。イタリアの花火は眩しいほど明るくて、とても綺麗だ。
「ボス、花火が見たいです」
「何か言ったか?」
「・・・いいえ、何も」
「無駄口叩いてねぇで仕事しろ」
さっきからボスは機嫌が悪い。ちょっと気分転換になれば、と思ったけれど逆効果だった。ボスの机にはたくさん手紙があって、たぶんパーティーの招待状とか、食事のお誘いとか、そういうボスの嫌いなものばかりなんだろう。中には差出人の名前を見ただけで捨てられてしまったものもある。綺麗な切手だったのに、ちょっと勿体無いな。
再び執務室は静かになった。聞こえる音といったら私が整理している書類の音と、ボスが手紙を読む音と、それから時々ビリビリと破いてる音。ボスの機嫌を取ろうと美辞麗句を並べた手紙はたいていああいう末路を辿る。
そっと様子を窺っていると、ボスはふと一枚の封筒に目を留めた。ペーパーナイフで封を開けると中から一枚のカードが出てくる。ボッと炎が灯った。・・・ってことは、10代目?
眉間に皺を寄せたままそれを読んでいたボスは、破こうと手を掛けて、はたとこちらに顔を上げた。黙って見つめてくるので、とりあえず首を傾げてみる。
「・・・来週、開けておけ」
「来週ですか?」
言われてスケジュール帳を取り出す。来週のページを開くと会食の予定が入っていた。
「ボス、その日は先約が」
「日を改めさせろ。本部に顔を出す」
「・・・分かりました」
ヴァリアーは独立部隊とはいえ、やはりボンゴレ本部が最優先だ。これから連絡を入れなければならない相手先のことを考えて、あそこのファミリー愛想悪いからやだなぁと思った。
次の週、私はボスに連れられて本部に来た。本当に来てくれるとは思わなかったよと嬉しそうに笑う10代目の手厚い歓迎を受け、豪華な夕食を振舞われた。ボスはずっと無表情のままで10代目や守護者の人たちに気を遣わせていたけれど、別に嫌々来たわけでもないらしかった。(そういう微妙な違いが分かるのはここでは私だけと知ってちょっと優越感。)
「それじゃあ、裏庭へどうぞ」
夕食の後、私たちは屋敷の裏庭へと案内された。小高い丘の上にある屋敷の裏からは街が一望できた。綺麗な夜景だ。
「あの、ここで何があるんですか?」
「聞いてねぇの?」
尋ねたのは偶然傍にいた雨の守護者さん。スクアーロさんと時々剣の稽古をしていると聞く。彼は私の質問に驚いたような顔をして10代目の方を窺った。10代目も目を丸くして、後ろにいたボスを振り返る。
「もしかして・・・」
「あ?」
ボスが10代目をひと睨み。こんなことが出来るのはボスくらいのものだと思う。10代目もボスの睨みにはなかなか慣れないようで、ちょっと怯んだ様子を見せた。構わずボスは私の方へやってきた。
「」
「はい」
「向こうの空を見てろ」
「・・・?」
ボスが遠くへ視線を移す。私も倣ってそちらを見た。ただの夜空。それが何?・・・・・・・・・と、その夜空に、ひゅうと音を立てて一筋の光が昇った。
「あっ!」
光がふっと消える。そして次の瞬間、体に振動が伝わるほどの大きな音とともに色鮮やかな花火が開いた。夜空がぱっと明るくなる。
「わ・・・」
「どうだ?」
「?」
「てめぇが見てぇっつったんだろーが」
「・・・!」
そうだった。先週、私、花火が見たいって言ったんだ。じゃあボス、そのために会食をキャンセルしてまで・・・?
「今日はボンゴレの花火大会なんだ」
横から10代目が小さく話しかけてきた。
「せっかくだからヴァリアーのみんなにも来てもらおうと思って、招待状を出したんだ」
無理だろうなぁって思ってたんだけどね、と10代目は苦笑する。そっか、あれ今日の招待状だったんだ・・・。ええ、確かに破りかけてました。
「君のおかげだね」
そのとき、不意に後ろから両手で頭を掴まれ、無理やり顔を空の方へと向けさせられた。力ずくってやつだ。この場で私にこんなことするのはボスしかいない。
「しっかり見てろ」
「痛いっ、痛いですっ!」
10代目がくすくす笑ってる。抗議すると力が弱くなった。でも手は離してもらえずに、添えるように頭に触れたままだ。
「・・・で?」
上から静かなボスの声が降ってくる。
「満足か」
「・・・はい、とても」
「ならいい」
夜空には次々に大きな花が咲いていく。とても、とても綺麗だ。来年もまたこんな日が来るようにと、私は心の中で祈った。